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下級審医療判例real estate

大阪地判平16.2.16
                   主     文
1 被告は、原告に対し、1億2,997万7,400円及びこれに対する平成12年2月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを15分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

                   事実及び理由
(略)
第3 争点に対する判断
1 前記争いのない事実、(証拠略)によれば、以下の事実が認められる。(なお、本訴訟において被告が主張する「右房流入口」が、いずれの部位を示すものであるかは、必ずしも判然としないが、以下では、右房流入口という用語を、証人A医師が述べるように、右心房上部の上大静脈との境界付近を指すものとして用いる。)
(1)原告は、昭和30年5月18日生まれの女性であり、1月ないし2月当時44歳であった。原告は、1月21日から、40度に及ぶ発熱及び全身倦怠感が続いたため、近医を受診し、感冒薬の処方を受けたが、状態が改善しなかったことから、同月24日、医療法人三宝会南港病院を受診し、入院した。同病院での血液検査では、GOT2235Q (正常値10ないし38) U/ml、GTP11300(正常値4ないし35) U/ml、総ビリルビン2.6 (正常値0.2ないし1.3) mg/dl、直接ビリルビン1.3(正常値Oないし0.4) mg/dl、プロトロンビン時間25%。(40%を下回ることが劇症肝炎の指標)であり、肝細胞の破壊及び肝機能の悪化が認められた。同病院所属医師は、原告の症状及び上記血液検査の結果から、劇症肝炎を発症している疑いがあると考え、同月25日、原告を被告Y救命センターに転院させた。
(2)被告Y救命センター所属のB医師は、1月25日、転院されてきた原告の主治医となり、その診療に当たった。原告は、転院時、意識レベルは清明で、呼吸に異常はなかったものの、心拍数毎分51回、体温35.7℃であり、腹部エコー検査上は、腹水はなかったものの、脾腫が認められ、血液検査では、GOT12133U/dl、GTP6940U/ml、プロトロンビン時間13%、BUN43 (正常値8ないし20) mg/dl、Cre7.1 (正常値0.6ないし0.9) mg/dlであり、肝不全に加え、腎不全が合併した状態であった。B医師は、これらの所見に加え、HBsの抗原が陽性であったことから、原告につき、B型肝炎が劇症化した状態であると診断した。
B医師は、肝不全に対する治療として、右鼠径部から大腿静脈を穿刺し、血液回路アクセス用カテーテルを留置してルートを確保し、同ルートを使用して血漿交換を行うとともに、肝不全に対する投薬治療を行い、高アンモニア血症に対する投薬治療も行った。また、B医師は、原告が被告Y救命センター転院時に脱水状態で無尿に陥っていたため、輸液による循環血液量の適正化を図ったが、利尿効果が得られなかったことから、さらに低量ドーパミン、利尿剤の投与を行った。
同月26日には、GOT、GTPは著明に低下し、肝細胞の破壊は少なくなったものの、総ビリルビンは上昇するなど、肝機能は改善しなかった。同日午前中には意識障害は認められなかったものの、夕方になって意識障害、羽ばたき振戦などの肝性脳症の症状が現れ始め、その程度は犬山分類H度(指南力低下、異常行動、傾眠状態、羽ばたき振戦という意識障害が認められる。)であった。そこで、B医師は、再度血漿交換を行った。一方、腎不全についても、無尿状態が続き、BUN、Creに変化はなく、同日夕方には溢水傾向(循環血液量が増え、肺水腫の状態になること)。も現れるなど、腎機能の改善が認められなかった。そこで、B医師は、水分管理及び急性腎不全に対する対症療法として、右鼠径部の上記ルートを使用して、CHDFを開始した。同月27日も、肝機能及び腎機能の大きな改善は認められず、肝性脳症は、犬山分類V度(興奮状態、せん妄状態、嗜眠状態、反抗的態度を見せる、羽ばたき振戦が認められる。)にまで重症化し、上記カテーテルを引っ張るという行動も見られた。そこで、B医師は、血漿交換及びCHDFを継続して行うとともに、鎮静剤の投与によって、原告の安静を図った。そして、B医師らは、原告につき、生体肝移植の必要性があると判断し、その準備として、同移植術を行うことができるZ大学医学部附属病院専門医(以下「Z病院医師」という。)宛に紹介状を送るなどした。
同月28日も肝機能及び腎機能に大きな改善は認められず、鎮静剤が影響している可能性もあったが意識障害も悪化し、不穏、見当識障害が認められた。B医師らは、Z大病院医師からの意見も踏まえ、血漿交換及びCHDFなどの保存療法を継続するとともに、Z病院医師と相談するなどして、生体肝移植実施への準備を進めた。
同月29日及び30日も、肝機能及び腎機能の検査数値に大きな変化はなかったが、意識障害の悪化傾向は続き、無尿状態も続いた。そのため、B医師は、同月29日、血漿交換及びCHDFを行い、同月30日、CHDFを行った(同日はプロトロンビン時間が上昇したため、血漿交換は行わなかった。)が、同日、原告の右鼠径部に確保されたルートが閉塞(脱血が十分にできない状態となること)した。B医師は、右鼠径部のルートを5日間使用しており、同じルートの使用を継続すると、再閉塞やルート感染の危険があると判断し、左鼠径部を穿刺して新たにルートを確保した。しかし、同ルートも、同月31日午前に閉塞した。
(3)B医師は、原告の肝機能及び腎機能に大きな改善が認められないこと、意識障害が悪化していたことなどから、水・電解質管理、酸塩基平衡の適正化及び老廃物濾過生命維持のために、引き続きCHDFを行う必要性が高いと判断していたが、その一方で、同日ころ、原告には強い下痢症状が認められており、鼠径部でルートを確保するとカテーテル挿入部周辺を汚染する危険もあったことから、上半身にCHDFのための新たなルートを確保することとした。B医師は、同日午後6時ころ、まず鎖骨下静脈へのカテーテル挿入を試みたが、穿刺がうまくいかなかったことから、内頚静脈からカテーテルを挿入する方法に変更した。
B医師が原告に対するCHDFで使ったカテーテルは、脱血孔がカテーテル先端部よりも数cm(被告の主張では、約4cm、証人B医師では、3.4cm。乙B12を実測すると、脱血孔は3つ孔があり、先端部に近い孔から先端部まで3.4cm、遠い孔から先端部まで5.1cm)手前にあるサイドホール型のカテーテルであった。B医師は、鎖骨下静脈と内頚静脈との合流地点から右心房までの上大静脈内に脱血孔を留置すれ・ば、十分な脱血を得ることができると考えたが、その一方で、カテーテル先端部を右心房まで挿入すると、不整脈が生じ、場合によっては心筋穿孔及び心タンポナーデを合併することもあり得ることから、カテーテル先端部及び脱血孔を、一般的な留置位置とされる上大静脈内に留置することとした。B医師は、他の医師の協力を得ながら、内頚静脈を穿刺し、カテーテル先端部及び脱血孔が上大静脈内に留置されるようブラインド操作でカテーテルを挿入した上、十分に脱血できることを確認し(カテーテルの脱血側に三方活栓を付け、三方活栓の一方を注射器によって徐圧し、スムースに脱血できるかを視認するという方法で確認した。)、同位置にカテーテルを固定した。B医師は、同日午後7時46分ころ、自分の想定どおりの位置にカテーテルを挿入できているかを確認するため、胸部レントゲン写真の撮影を行ったところ、カテーテル先端部が鎖骨下静脈と内頚静脈の合流地点にあり、脱血孔は同地点よりも数cm内頚静脈側に位置していた。
B医師は、カテーテルが自分の想定していたよりもやや浅く位置しており、脱血不良をより起こしにくくするためには、脱血孔を上部静脈内に留置する方がよいと考えたものの、当時の留置位置でも十分な脱血が得られていたことから、とりあえずはそのままの位置でCHDFを行い、その後に脱血不良が生じれば、その時点でカテーテルの位置を修正することとした。B医師は、CHDFの機械につき、脱血速度の設定を毎分30mlから開始し、脱血や循環動態などに問題がないことを確認しつつ、数分間かけて、毎分80m1程度にまで脱血速度を上げた。
CV)Fは、しばらくの間、脱血不良を起こさず順調に施行された。B医師は、同日午後8時ころ、同日から翌朝にかけての当直医であったA医師に対し、上記の胸部レントゲン写真を示しつつ、カテーテルがやや浅めの位置にある旨伝え、脱疽不良が生じた場合にはカテーテル位置を調整するなどして極力CV:)Fを継続して行うよう引継ぎをした上で、帰宅した。B医師は、それまでに鎖骨下静脈あるいは内頚静脈からのCHDFを実施した経験が10件ほどあったが、カテーテル先端を右房流入口まで挿入したことはなく、カテーテル位置を調整する方法としては、脱血孔を上大静脈卜内に留置することを想定しており、カテーテル先端部が右房流入口にまで達するような位置調整は想定していなかった。
(4)A医師は.B医師から引き継ぎを受けて間もない時点で、CHDFが脱血不良を数回起こしたこと.B医師から現在のカテーテルの位置はやや浅めなので、脱血不良が生じるようならカテーテル位置の調整を行い、CHDFを継続するよう引継ぎを受けでいたことから、脱血不良が起きないよう、カテーテルの脱血孔を流血量のより多い位置へ移動させることとした・A医師は、CHDFの実施に当たっては、十分な脱血を得るため、流血量の多い場所に脱血孔を觜置することが最も重要であると考えていたが、その反面、カテーテルの位置調整をするに際し、カテーテル先端部を右心房内にまで挿入することによる心膜内顰穿孔及び心タンポナーデの危険性をそれほど意識していなかったにの点は、後述する。)。
そこで、A医師は、B医師の撮影レた上記レントゲン写真(現物の3分の2の大きさ)で、カテーテル先端部から右心房までの距離が10c拍くら゛であることを確認し(ただし、距離を正確に測定したわけではない。)た上、カテーテルを約2cmずつ進行させ、そのごとに脱血を確認しつつカテーテルの脱血側に付けた三方活栓の一方を注射器によって徐圧し、スムーズに脱血できるかを視認するという方法で脱血量を確認しながら、4、5回にわたりカテーテルを約2cmずつ心臓(右心房)の方向に移動させ、十分な脱血量を得ることができたと考えた位置に留置した(留置位置については、後述する。)が、新たに胸部レントゲン写真を撮影して、カテーテル先端部の正確な位置の確認はしなかった。
A医師は、その後、カテーテルを固定した上、毎分80mlの速度でCHDFを再開した。しばらくの間、順調にCHDFが行われたため、A医師は、左鼠径部のカテーテルを抜去したが、同日午後9時30分ころ、CHDFの回路がトラブルを起こし、CHDFを一時中断した。
A医師は、回路を組み直し、午後11時15分ころから、CV:)Fを再開したが、その後脱血不良が数回生じたため、CHDFの脱血速度を毎分60ml速度にまで下げたところ、その後は脱血不良を生じることなく、順調にCV)Fが継続された。
(4)その後、同日午後11時58分ころから、それまで正常であった原告の血圧が93/51 (左が収縮期血圧、右が拡張期血圧、単位はいずれもmmHg)に急激に低下しにの直前に、原告の右心房内に留置されたカテーテル先端部が、右心房底部心膜内壁を穿孔したものと推認される。)、翌2月1日午前O時ころには血圧69/39、脈拍数毎分45回となって、原告は、下顎呼吸となり、同日午前O時3分ころには心停止に至った。
A医師は、原告の容態の急変を受け、気管内にチューブを挿管した上人工呼吸を行うとともに、心臓マッサージを行い、昇圧剤を注射したが、それでも拍動が再開しなかったことから、心臓自体に何らかの原因があると疑い、その場に臨場した他の医師において、同日午前O時10分ころ、心エコー検査を行ったところ、心タンポナーデを引き起こしていることが確認された。そこで、A医師は、心嚢内に貯留した血液を体外に排出すべく経皮的ドレナージを行ったが、排出できた血液は約20mlにとどまり、心タンポナーデを改善するに足りるだけの血液を排出することができなかったことから、同日午前O時17分ころ、緊急開胸手術によって、ドレナージ及び心臓マッサージを行った。同処置によって、約300mlの血液が排出され、同日午前O時22分ころには、拍動が再開した(心停止時間は約20分間であった。)。
A医師は、心臓の出血が続いていたものの、十分な輸血を行っており、閉胸してもピッグテールカテーテルによるドレナージを行うこともできることから、閉胸した上、心タンポナーデの原因を特定すべく、諸検査を行った。A医師は、CV)Fで用いたカテーテルによる外傷が心タンポナーデの原因である可能性が高いと考え、同日午前1時10分ころ血管造影検査を行ったが、破裂孔の具体的な位置を特定することはできなかった。なお、同検査では、上記カテーテル先端部が下大静脈に達していることが確認された.A医師はヽその時点で、同カテーテルを抜去した。
B医師は、同日午前1時30分ころ、被告Y救命センター医師から、原告の容態が急変した旨の電話連絡を受け、同日午前2時ころ被告Y救命センターに駆けつけた。B医師は、A医師らから、経過の説明を受けた上で、原告の家族に、原告の現状等の説明を行った。
そして、B医師は、同日午前5時30分ころ、原告の開胸止血手術を行い、右心房底部にカテーテル先端部によって生じた直径約3mmの破壊孔を認めたため、これを縫合止血した。
(5)原告は、上記心停止に伴う低酸素脳症に起因して遷延性意識障害に陥り、同障害は現在まで残存している。
(6)原告の劇症肝炎及び腎不全は、現在治癒した状態にある。
2 争点(1)(カテーテル操作手技上の過失ないし義務違反)について
(1)ア CHDFを施行する場合のカテーテルの挿入部位は、大腿静脈、鎖骨下静脈及び内頚静脈のいずれかとするのが通常である。大腿静脈からのカテーテル挿入は、挿入が比較的容易で、重大な合併症が少ないという長所がある一方で、挿入部位の清潔を保ちにくいなどの短所がある。これに対して、鎖骨下静脈からの挿入は、挿入部位の清潔が保ちやすいなどの長所がある一方で、気胸や血胸などの重大な合併症を生じる危険があり、また、内頚静脈は、穿刺が比較的容易であり、気胸の生じる危険も少ないが、頚動脈を誤穿刺する危険があるなどの短所がある。
また、鎖骨下静脈及び内頚静脈からのカテーテルを挿入する際には、カテーテルの先端部を右心房(右房流入口を含む。)内に留置すると、不整脈を生じることがある上、カテーテル先端部によって、比較的薄い右心房の内膜を穿孔し、心タンポナーデを合併する危険があるとされており、鎖骨下静脈及び内頚静脈からカテーテルを挿入する場合のカテーテル先端部の適正な留置位置は、上大静脈内であるとするのが一般である。(以上につき、(証拠略)。特に、証人B医師は、乙A10において、上半身にルートを確保する場合、カテーテルの先端位置を上大静脈内に置くことは極めて一般的なことである旨陳述している。)
イ 他方、CHDFは、その治療目的を達成するため、1分間当たり60ないし100m1の血流量で行われるのが通常であり、カテーテルの脱血孔を流血量の多い血管内に留置した方が、血流量を確保しやすい。そして、血管内の流血量は、一般に、大腿静脈からカテーテルを挿入した場合に留置する下大静脈などの血管よりも上大静脈の方が多く、さらに上大静脈よりも右心房内の方が多いところ、CHDFの治療目的を達するため、鎖骨下静脈又は内頚静脈からカテーテルを挿入する場合、流血量の多い右心房内あるいはその近くにカテーテルの脱血孔を留置せざるを得ない場合がないとはいえず、カテーテル先端部を右心房内(右房流入口を含む。)へ留置することが絶対に許されない手技であるとまではいえない((証拠略)によれば、重症呼吸不全患者に対する心肺補助法(ECLA、PCPS)や新生児に対してCHDFを実施した場合に、右房流入口にカテーテルを留置した症例が存在することからも、右房流入口を含む右心房内にカテーテルを留置すること自体が全く許されないとまでは解されない。)。
もっとも、上記のとおり、右心房内にカテーテル先端部を留置することは、右心房の内膜が薄いため、心筋穿孔及び心タンポナーデを合併する危険性があり、まして、カテーテル先端部が右心房底部又はこれに近い位置にあれば、右心房底部に心筋穿孔を生じる危険性が一層高いと考えられるところ、右心房内の流血量は、右心房内のどこであってもそれほど大きく異なるわけではないとされることからすれば、右心房内のどこにカテーテル先端部を留置するかによって脱血に必要な血液量を確保できるか否かが異なるものではないと解される反面、上記のとおり、留置位置によっては、心筋穿孔及び心タンポナーデを合併する危険性が高まることから、両者の利害得失を十分考慮すべきである。
ウ したがって、流血量を確保する必要性から、右心房内にカテーテルの先端部を留置することが許されるとしても、その留置位置については、心筋穿孔及び心タンポナーデを合併する危険性に十分注意し、その危険性ができるだけ少ない場所にすべきであり、く
れぐれもカテーテルの先端部が心房底部付近など、心筋穿孔を生じる危険性が高い位置に留置することのないように注意しながら留置すべき注意義務があるというべきである。
エ そして、上記のとおり、カテーテルの先端部を右心房内に留置することにより、心筋穿孔及び心タンポナーデを合併する危険性があることからすれば、カテーテルを心臓(右心房)の方向に向けて移動した上で先端部を留置するに当たっては、カテーテルの先端部の留置位置に十分注意すべきであり(本件で使用されたカテーテルの添付文書にも、不整脈の危険性との関連ではあるが、使用上の注意として、ガイドワイヤーを挿入する深さに注意すること、カテーテル留置後、目的位置に留置されたことをエックス線等により確認することなど、挿入後の位置確認の必要性が明記されている。)、具体的には、エックス線透視下でカテーテルを挿入し、あるいは、ブラインド操作でカテーテル挿入後に胸部レントゲン写真を撮影するなどして、カテーテル先端部の留置位置を十分確認し、右心房内の底部又はこれに近い位置など、心筋穿孔を生じる危険性が高い場所にカテーテル先端部が留置されていることを認めた場合には、カテーテルを引き戻すなどして、心筋穿孔を起こす危険性のない位置に留置するよう、その位置を調整すべきである。
(2)以上を前提に、本件におけるA医師のカテーテル操作手技の適否について検討する。
ア 本件事故の発生機序につき、右心房底部の心膜内壁に穿孔が生じており、原告の心タンポナーデはこの穿孔が生じたために合併したものであることは当事者間に争いがないところ、前記認定事実によれば、A医師は、B医師が鎖骨下静脈と内頚静脈の合流地点にカテーテル先端部を留置していたのに対し、より流血量の多い場所に留置するため、カテーテルを心臓(右心房)の方向に向けて進入し、十分な脱血量を得ることができたと考えた場所に留置したこと、その後約4時間後に上記穿孔が発生したこと、この間に原告が心
タンポナーデを合併すべき他に特段の原因は認められないことからすれば、A医師が挿入、留置したカテーテルの先端部が右心房底部の心膜内壁に当たり穿孔が生じ(穿孔が生じた時期は、前記認定のとおり,1月31日午後11時58分の数分前と推認される。)、心タンポナーデを合併したものと認めることができる。
そして、前記認定のとおり、A医師がカテーテルを留置し、これを固定した後、右心房底部の心膜内壁に前記穿孔に生じたこと、固定されたカテーテルは、当初の留置位置より抜けてしまうのが一般的であり、さらに奥に進入してしまうのは稀であって、通常考えら
れないこと、本件でこの稀な事態が発生した理由を認めるに足りる的確な証拠はないこと(被告は、カテーテル自体の固定が十分なされていたとしても、本件事故後原告に対する心肺蘇生措置が実施されているから、これによりカテーテル自体が移動し、血管撮影写真のように、カテーテルの先端部が下大静脈に達するまで奥に入ったと考えられる旨の主張をするが、ここでは、カテーテルの先端部の留置後穿孔発生までを問題としているのであるから、心肺蘇生措置実施によるカテーテルの移動は直接問題にならない。)からすれば、カテーテル先端部は、A医師がこれをさらに挿入し、留置した時点で右心房底部の心膜内壁又はこれに近い位置まで深く挿入され、当該位置で留置されていたことが推認される。
イ 被告は、A医師は、B医師の撮影したレントゲン写真を見て、カテーテルの留僭:された位置から約10cm弱進行するとカテーテル先端部が右房流入口に到達し、脱血孔が上大静脈と右心房の境くらいに位置すると確認した上、2cm弱ずつ4、5回にわたりカテーテルを進行させたこと、カテーテル先端部が心筋に触れた場合に感じるような抵抗感や、心室内あるいは心室付近に進入した場合に感じるような拍動を感じていなかったこと、内頚静脈からカテーテルを挿入する場合に20cm以上挿入することは通常していない上、カテーテルの位置の調整後に20cmの目盛りが原告の体外にあったことを確認していることからすれば、カテーテルの先端位置を下大静脈に達するまで深く挿入したものではなく、右房流入口に留置したものであると主張し、(証拠略)にはこれに沿う部分がある。
しかしながら、被告の主張では、なぜ右心房底部という深い位置に前記穿孔が生じたかの説明が困難である(被告は、何らかの原因でカテーテルが更に深く挿入されてしまい、心筋穿刺を生じてしまったものであり、稀に起こるが防ぎようのない事故であると主張するが、そのような稀な事態を想定するよりは、むしろ、その位置まで深く挿入されていたと考えた方が、素直であろう。)
しかも、(証拠略)によれば、A医師は、レントゲン写真で確認した当初のカテーテル先端部の留置位置から右房流入口までの距離が10cmくらいであったとするが、正確に測定したものではなく目分量に過ぎない上、上記レントゲン写真は、現物の3分の2の大きさであることからすれば、A医師において、当初のカテーテル先端部の留置位置から右房流入口までの距離を正確に認識していたとは認められない。A医師は、2cm弱ずつ4、5回にわたり脱疽量を確認しながらカテーテルを進入したとするが、(証拠略)によっても、この2cm弱という距離は目分量に過ぎず、正確に測定されたものではない上、4、5回という回数についても、カルテ等に記録が残されているものではなく、同医師の記憶に基づくものに過ぎず、客観的な裏付けはない。また、A医師は、原告の体外にカテーテルの20cmの目盛りが出ているのを確認したとするが、仮にそうであっても、当初の目盛りの位置が判明しない限り((証拠略)によれば、胸部レントゲン写真等によると、およそ10cm程度しか挿入されていないというに過ぎず、当初挿入されたカテーテルの長さが正確に判明していたわけではない。)、その後体内でカテーテルがどの程度移動したのかを示す根拠となるものではない。そうすると、A医師が当初の留置位置からカテーテルを移動した距離は、実際には10cm程度にとどまっていなかった可能性は否定し難いというべきである(上記10cm程度では、右心房底部に現実に穿孔が生じているという客観的結果とも整合しない。)。
A医師が、カテーテル先端部が心筋に触れた場合や心室内あるいは心室付近に進入した場合に感じる抵抗感や拍動を感じていなかったことをもって、カテーテル先端部の留置位置を右房流入口付近である根拠とする点については、抵抗感や拍動を感じるかどうかは、患者や術者によっても違っており、下大静脈や心室に入ったときでも、抵抗感を感じないことがあることは、A医師自身認めていることからすれば、抵抗感や抽動でカテーテル先端位置を正確に把握するには限界があり(そうであるからこそ、先端位置の正確な把握のため、レントゲン写真を撮影すべきである。)、右心房のより深い位置までカテーテル先端部が挿入されていたとの上記認定を排斥する事情とはいえなχ/丶。
かえって、前記認定のとおり、A医師は、CHDFの実施に当たり、十分な脱血を得るため、流血量の多い場所に脱血孔を留置することが最も重要であると考えていた上、B医師からも、脱血不良が生じるようであればカテーテル位置の調整を行い、CHDFを継続するよう引き継ぎを受けていたことから、できるだけCHDFを継続する必要性があると考えていたことがうかがわれるところ、さらに、カテーテル付近での血液凝固のおそれを考慮して、カテーテル挿入後できる限り早期に原告のCHDFを再開しなければならないと考え、レントゲン写真撮影の装置がCHDFを行う装篋とは別室にあったこともあって、CV)Fの早期継続を優先して、レントゲン写真撮影を行わなかったことからみても、A医師は、右心房内にカテーテル先端部を留置することにより心筋穿孔、心タンポナーデを合
併する危険性や、カテーテル先端部の留置位置がどこにあるかについての意識が希薄であったことが推認される。
そして、前記認定のとおり、本件で用いられたカテーテルは、脱血孔がカテーテル先端部よりも3.4ないし5.1cm手前にあるサイドホール型のカテーテルであるところ、A医師が、十分な脱血を得られると考えた場所に脱血孔を留置した際には、その先端部は少な
くともさらに3.4cm先に到達していたことになるから、A医師が想定していた以上に深い位置にカテーテル先端部が留置されていたと考えても不合理とはいえない。 。
なお、A医師は、前記認定のヽとおり、CHDFの実施に当たり、十分な脱血を得るため、流血量が多い場所に脱疽孔を留置することが最も重要であると考えていたところ、原告の場合、右房流入口付近まで達しないと、十分な脱血量を確保することができなかったと判断していたこと、右房流入口は、上大静脈と下大静脈の合流部であり、流血量が多いことからすれば、少なくとも右房流入口で脱血を図る(その場合は、当然脱血孔が右房流入口となる。)ことがA医師の目的に添う行為であり、これに対して、カテーテル先端部が右房流入口付近にあったのでは、脱血孔は、その3.1ないし5.1cm遠位部である上大静脈内にあることになり、これでは、十分な脱血量を確保しようというA医師の意図には沿わないはずである(現に、証人A医師の証言中には、脱血孔が上大静脈と右心房の境くらいに来る旨の証言がある。)。
ウ 証人A医師は、3方活栓の一方を注射器によって徐圧した際にスムーズに脱血できるかを視認するという方法で脱血量を確認しつつカテーテルを挿入させており、本件でカテーテルを先端部を留置した位置に達するまで十分な脱血量を得ることができなかった旨証言する。
しかし、上記(I)で検討したとおり、カテこテル先端部をどこに留置するかを決定するに際し、流血量が豊富な場所であることも重要である(特に、前記認定の原告の劇症肝炎、腎不全の症状からすれば、継続してCHDFを行う必要性が高い状況にあり、度重なる脱血不良に対処する必要性があったことは認められる。)が、同時に、心筋穿孔を発症する危険性についても検討する必要があり、流血量が豊富な場所に留置する必要性があることだけをもって、心筋穿孔を発症する危険性のある位置に留置することが当然に正当化されるものではない。
しかも、(証拠略)によっても、A医師がカテーテルを挿入する過程で得られた脱血量については、正確に測定されたわけではなく、どの程度の量であったのかは証拠上必ずしも明らかでない上、前記認定のとおり、原告については、1月25日から同月30日までの間は右鼠径部からカテーテルを挿入し、上大静脈内よりも流血量が少ない血管内にカテーテルの脱血孔を留置していたにもかかわらず、継続してCHDFを実施することが可能であったこと、B医師が1月31日に内頚静脈から新たなルートを確保した時には、カテーテルの脱血孔が上大静脈よりもやや浅い位置(証人B医師によれば、この位置での流血量は、上大静脈内よりも少ないとされる。)にあったにもかかわらず、少なくともB医師が観察している間は、良好に脱血ができていたこと、原告が心タンポナーデを発症した後、2月1日午前3時ころ、右鼠径部にルートが確保され、その後CV)Fが再開されているが、その際にも血管内の流血量が少ないことが原因でCHDFの継続が困難になったことはないこと、1月31日深夜の時点で血管内の流血量が、良好な脱血を得るのが困難となるほど低下したことをうかがわせるようなバイタルサインの変化も認められないことからすれば、A医師が当直医として担当した1月31日午後8時過ぎころの時点において、上大静脈内の流血量が少なかったことは考えにくいというべきであり、カテーテル先端部を右心房内の深い位置に留置しなくては治療目的を達するに十分な脱血量が得られないという状況にあったとは認められない。
そうすると、A医師は、B医師が当初カテーテルを留置した位置において、カテーテルの脱血側を内側に向けたり、カテーテルを少し引き抜いたり、血流量を'毎分80mlよりも減らすなどの調整を行い、それでも十分な脱血を得られない場合には少し奥にカテーテルを進入させて同様の調整を行うことを繰り返し、脱血が得られるかどうかをより慎重に確認していれば、右心房内までカテーテルを挿入せず上大静脈内に留置した状態であっても、CHDFを継続するに十分な脱血量を得ることができた可能性が高かったものと推認され(したがって、そもそも右心房内にカテーテル先端部を留置する必要性自体があったかどうか疑問というべきである。)、カテーテル先端部を留置した位置に達するまで十分な脱血量を得ることができなかったとの上記A医師証言は採用できない(なお、証人A医師は、カテーテルを動かしたり、裏返す等の微調整は当然やっていた旨証言するが、(証拠略)では、カテーテルを約2cm進行させた後、注射器で徐圧して脱血量を確認し、スムーズな脱血が得られなければ、さらに約2cmカテーテルを進行させるという手順を繰り返すことでカテーテルを深く挿入していったと陳述しており、カテーテルを約2cm進めるごとに上記裏返す等の調整を行ったことはうかがわれないから、証人A医師の上記証言はにわかに信用し難い。)。
したがって、A医師は、できるだけ流血量の多い位置に脱血孔を留置することを重視した余り、どの位置であれば脱血ができるかどうかを慎重に確認する姿勢に欠けており、脱血ができるのであれば心筋穿孔を発症する危険性の少しでも低い位置にカテーテルを留置すべきであるとか、上大静脈内で脱血が可能であればカテーテル先端部を右心房内まで進入させるべきではないなどとは十分に考えていなかったものと推認される。
エ さらに、前記認定のとおり、A医師は、心臓(右心房)方向に向けて移動したカテーテル先端部を留置するに当たっては、心筋を穿孔する危険性のある位置に留置することのないよう、エックス線透視下でカテーテルを挿入したり、あるいは、ブラインド操作でカテーテル挿人後に胸部レントゲン写真を撮影するなどして、カテーテル先端部の留置位置を正確に確認すべきであり、心筋を穿孔する危険性の高い場所にカテーテル先端部が留置されていることを認めた場合には、留置位置を適切な位置に調整すべき注意義務を負っていたものである。
この点につき、被告は、胸部レントゲン写真によってカテーテル先端部の留置位置を確認したとしても、CHDFを継続する必要がある以上、カテーテルの位置を引き戻すことはできないのであるから、胸部レントゲン写真を撮影すべき注意義務はなかった旨主張す
る。
しかし、前記認定のとおり、右心房内の流血量は、右心房内のどこであってもそれほど大きく異なるわけではないのに対し、右心房内の中のどこにカテーテル先端部を留置するかによって、心筋穿孔及び心タンポナーデを合併する危険性ははるかに異なっており、心筋を穿孔する危険性の高い場所にカテーテル先端部を留置するべきではないのであるから、CHDFを継続する必要性があったことをもって、胸部レントゲン写真を撮影すべき義務がなかったとはいえないし(心筋を穿孔する危険を冒してまでも、あえて上記深い位置にまでカテーテルの先端部を挿入して、当該位置におけるCHDFを継続しなければならない必要性があったとはいえず、むしろ、当該位置でのCHDFを継続してはならないものというべきである。)、前記認定のカテーテルの脱血孔から先端部までの距離、右心房の上下の長さ(証人B医師は、約3、4cmと証言する。)からすれば、脱血場所いかんによっては、カテーテルの先端部が容易に右心房底部に達するおそれがあるから、胸部レントゲン写真でカテーテル先端部の留置位置を正確に確認する必要性は存在したというべきである(同写真撮影をしていないことは、A医師がカテーテル先端部の留置位置についてそれほど意識していなかったことの表れといえる。)。
また、被告は、CHDFにおいては、脱血不良を理由としてカテーテルの位置調整をするたびに胸部レントゲン写真撮影を行うなどということはされておらず、そのような注意義務は負っていないとも主張する。
確かに、カテーテルの移動距離が小さい場合や、右心房内にカテーテル先端部が達しないことが明らかであるような場合にまで、カテーテルの位置調整をするたびに胸部レントゲン写真を撮影する必要があるわけではないと解されるが、A医師は、同医師の認識によっても、当初の留置位置からカテーテルを約10cmも移動させ、少なくとも心筋穿孔及び心タンポナーデを合併する危険性があるとされる右房流入口にまでカテーテル先端部を到達させているのであるから、穿孔が発生することのないよう、カテーテル先端部の留置位置を正確に把握すべきであり(なお、証人A医師も、胸部レントゲン写真で、当初のカテーテル先端部の留置位置を確認した後、ブラインド操作でカテーテルを移動させた場合、カテーテル先端部がどの位置へ移動したのか、おおよその把握をすることは可能であるが、正確な留置位置を把握することはできないと証言している。)、カテーテルの位置調整をするたびに逐一撮影を行うべきとはいえなくとも、少なくともカテーテルの最終的な留置位置については(とりわけ、本件では、当初の留置位置より進んで10cm以上も深く挿入する場合であるからなおさらである、)、、これを正確に確認するため、改めて胸部レントゲン写真撮影を行うべきであるから、被告の主張は採用できない。
被告は、そもそもカテーテルの先端位置は、皮膚の伸縮、姿勢の変化、上肢の動きにより移動は避けられない、一般に内頚静脈から挿入されたカテーテルは、他の部位に比べて固定が困難であり、カテーテル自体の固定が行われていても、その先端部が数cm程度移動することは不可避である旨主張する。しかし、もしそうであるならば、たとえ右房流入口付近に留置したと思っていたとしても、更に数cm深く移動する可能性があるのであるから、なおさらその移動可能性に十分注意して、余り深く挿入せず、かつ、先端位置が移動しても危険でないような位置に留置しなければならず、そのような位置に留置されているかどうかの正確な確認の必要性は一層高まるものというべきである。
オ 以上のとおりであるから、A医師には、1月31日午後8時過ぎころ、CHDFを施行するためカテーテルを心臓(右心房)方向に向けて挿入した際、胸部レントゲン写真を撮影するなどしてカテーテルの留置位置を慎重に確認し、カテーテル先端部が心筋を穿孔して心タンポナーデを合併する危険性がある位置、とりわけ、右心房底部又はその付近にカテーテル先端部を留置しないよう注意すべき義務があったにもかかわらず、これを怠り、上記確認方法を執ることなく、漫然とカテーテルの先端部を右心房底部又はその付近に留置し、その結果、カテーテル先端部で右心房底部の心膜内壁を穿孔させ、心タンポナーデを合併させて心停止及びこれに伴う低酸素脳症に起因して遷延性意識障害に陥らせたものである。
よって、A医師には、カテーテル操作手技上の過失があるから、被告は、その使用者として、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償義務がある。
3 争点(4)(損害)について
(1)医療費          234万1,550円
(証拠略)によれば、原告関係者は、2月25日から平成14年5月18日までの間に、医療費として合計234万1,550円を支出したことが認められ、これは前記不法行為により原告について生じた損害と認められる。
なお、原告は、平成13年5月26日症状固定となったものであり、上記医療費には、症状固定後平成14年5月までの医療費も含まれているものの、それらは、原告の後遣障害の内容、程度などに照らし、必要かつ相当な医療費であるといえる(実質的には、介護費の一部と認めることもできる。)から、前記不法行為と因果関係のある損害と認める。
(2)親族付添看護費(症状固定日まで)          264万5,500円
 原告は、前記不法行為によって2月1日遷延性意識障害に陥り、以後症状固定日である平成13年5月26日までの481日間、入院を継続したものであるところ、この間、原告は、遷延性意識障害のため、常時近親者による介護を要する状態であったことから、原告
後見人を中心とする親族が付添看護を行ったことが認められ、このような場合の親族付添看護費は原告について生じた損害に該当し、その金額は、1日当たり5,500円、合計264万5,500円であると認めるのが相当である。
なお、看護のため親族について生じた交通費については、親族付添看護費の中で評価されており、独立の損害にはならないと解すべきである。
(3)入院雑費(症状固定日まで)          35万4,162円
(証拠略)によれば、原告関係者は、症状固定日までの入院雑費として、35万4,162円を支出したことが認められ、これは前記不法行為により原告について生じた損害と認められる。
なお、原告の症状固定後に生じた入院雑費については、後遺障害慰謝料として評価すべきであり、独立の損害とはならないと解される。
(4)親族付添看護費(症状固定後)          3,694万0,482円
 前記認定のとおり、原告は、前記不法行為によって遷延性意識障害に陥り、回復することのないまま平成13年5月26日には症状固定となったものであり、その後遺障害は、労災保険法施行規則別表第1の後遺障害等級表中、障害等級1級の3(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)に該当するものと認められる。
このような原告の後遺障害の内容、重大さからすれば、原告の生存する全期間にわたって、近親者等による付添看護の必要性が常時あるものと認められ、現に症状固定後も原告後見人を中心とする親族が付添看護を行っていることに鑑みれば、症状固定後の親族付添看護費については原告について生じた損害に該当するというべきであり(実質的には、介護費の一部と認めることもできる。)、その金額は、1日当たり6,000円、年間219万円であると認めるのが相当であるところ、これに原告(女性、症状固定時46歳)の平均余命38年のライプニッツ係数16.8678を乗じて算出された3,694万〇、482円が、原告の症状固定後の親族付添看護費である。
なお、症状固定後に看護のため親族について生じた交通費については、症状固定前と同様、親族付添看護費の中で評価されており、独立の損害にはならないと解される。
(5)休業損害          181万4,702円
 原告は、前記不法行為によって遷延性意識障害に陥った当時、年額382万5,119円の収入を得ていたところ、原告の劇症肝炎及び腎不全の程度、その治療の必要性等からすれば、本件事故がなくとも少なくとも3か月程度は入院が必要であったものと考えられるから、原告の休業損害は、2月1日から症状固定日である平成13年5月26日までの481日から90日を控除した391日を乗じた上、この期間中に勤務先の会社から支払を受けた給与額228万2,891円を控除した181万4,702円である。
(6)逸失利益          4,675万1,004円
原告は、前記不法行為によって遷延性意識障害に陥った当時、年額382万5,119円の収入を得ていたところ、労働能力を100%喪失したものと認められるから、原告の逸失利益は、症状固定時(平成13年5月26日、46歳)以降の就労可能期間である21年のライプニッツ係数12.8211を乗じて算出された4,904万2,233円から、症状固定日後に原告が勤務先の会社及び健康保険組合から支給を受けた給与及び傷病手当金等の合計額229万1,229円を控除した4,675万1,004円である。
(7)入院慰謝料          313万円
 原告は、前記不法行為によって2月1日遷延性意識障害に陥り、以後症状固定日である平成13年5月26日までの481日間、入院を継続したものであるから、入院慰謝料は、313万円と認めるのが相当である。
(8)後遺障害慰謝料        2,700万円
原告の後遺障害の内容、程度など、本件における一切の事情を総合考慮すると、後遺障害慰謝料は、2,700万円と認めるのが相当である。
(9)弁護士費用           900万円
弁護士費用は、900万円の範囲で、前記不法行為と相当因果関係のある損害であると認める。
(10)以上によれば、原告が、本件において被った損害は、合計1億2,997万7,400円であると認められる。
4 結論
よって、原告の本訴請求は、不法行為(使用者責任)に基づき、1億2,997万7,400円及びこれに対する不法行為後である平成12年2月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する(なお、仮執行免脱宣言は、本件事案にかんがみ相当ではないから付さないこととする。)。

                             大阪地方裁判所第17民事部
                             裁判長裁判官 中本敏嗣
                                裁判官 関根澄子
                       裁判官松川充康は、差し支えのため、署名、押印で
                       きない。
                             裁判長裁判官 中本敏嗣

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