東京大学医学部附属病院は, 2017年1月31日,「経管注入薬剤の取り違えによる誤注入事故の公表について」をそのサイトにアップしました.
私は,遺族(母親)の代理人です.
遺族(母親)のコメントは,以下のとおりです.

東京大学医学部附属病院の薬剤取り違え事故についての遺族(母親)のコメント

平成27年の薬剤取り違え事故による小児死亡事故について,調査報告書をマスコミに公表し,個人情報の部分を匿名化した調査報告書全文を貴院のサイトにアップすることを遺族(母親)から要望し,ようやく調査報告書の要旨が公表されました。

同病院では,薬剤の管理がずさんで,病棟内の内服ルールが看護師個人の裁量に任されていて,調剤されてから一度も誰のチェックも受けずに投与されていました。
また,投薬ミスが起きた時,夜勤看護師のうち少なくとも2名がルールを遵守していなかったことがわかり,これが特別なことではないこともわかりました。
同病院にはインシデントが度々有り,本件被害小児についても比較的大きなインシデントがありました。しかし,病棟には,結果的に患者への大きな影響が無ければインシデントを問題としない雰囲気があり,具体的な対応はなされていませんでした。
そのような背景事情が,今回の投薬ミスに繋がったと考えます。
誰もが被害者となり得る状況にあったことから,これは被害小児と遺族の問題にとどまらない公の問題と考えます。

もちろん,医療従事者個人への感謝の心が薄れることはありませんし,投与ミスを犯した医療従事者を責めるつもりもありません。ただ,実効的な再発防止策がとられ,今後同様の事故が繰り返されないことを願います。
調査報告書には,再発防止に着手したと書かれていますが,具体的に実行したこと,検討したことを,サイトで公表していただきたく要望します。

以 上


以下は,谷直樹のコメントです。
前年から小児病棟に入院中の男の幼児(東京都内在住)に,他の患者用の薬剤13薬(抗てんかん剤2薬,抗けいれん剤1薬等)が過量に投与された事案です.
男児は,多臓器の障害があり感染症のため個室管理となっていましたが,短期間に亡くなるような病態ではありませんでした.間違った薬が過量に投与された直後から血圧が下がり,アシドーシスが悪化し,無尿となり,翌日に亡くなりました.この経過から,薬剤の誤投与と死亡との間には因果関係があると考えています.
なお,賠償については,病院と示談交渉中です.示談交渉の結果次第では民事裁判もあるかもしれませんが,刑事告訴は考えておりません.個人の責任追及ではなく,病院の責任と再発防止を求めていきたいと思います.

事故が起きた経緯

東京大学医学部附属病院の薬剤取り違え事故が起きた経緯は,次のとおりです。

1 看護師CはA用の散剤を準備
看護師Cは,患者A用の散剤を溶解しカテーテルチップ型シリンジに調製し,患者氏名を記名しました。
看護師Cは,患者Aの名前が書かれている患者A用の内服薬準備用ケースに,このカテーテルチップ型シリンジ2本と患者A用の散剤の空の袋を入れました。

2 他の看護師は水薬を準備
別の看護師は,患者A用の2本の水薬を含め,病棟の患者分の水薬を並べて準備しました。

3 看護師DはB用の散剤を準備  
看護師Dは,患者B用の散剤を溶解しカテーテルチップ型シリンジに調製しました。
看護師Dは,カテーテルチップ型シリンジに患者Bの氏名を記名すべきにもかかわらず,患者氏名を記名しませんでした。
看護師Dは,患者Bの名前が書かれている患者B用の内服薬準備用ケースに,患者氏名を記名していないカテーテルチップ型シリンジ1本を入れました。

4 看護師Cは,A用の内服薬準備用ケースを手にし,B用の内服薬準備用ケースの近くにいったん置く
看護師Cは,患者Aに散剤を注入しようと患者A用の内服薬準備用ケースを手にしましたが,患者Aは感染対応(個室管理)であったため,他の患者さんの処置を先に実施しようと思い,一旦置きました。看護師Cは,このとき,患者Bの内服薬準備用ケースの近くに,患者A用の内服薬準備用ケースを置きました。
さらに,日勤帯の看護師から病欠の電話があり,看護師Cは,作業を中断しました。

5 看護師Cは,内服薬準備用ケースを取り違える
看護師Cは,作業を再開したとき,患者A用の内服薬準備用ケースと誤って患者Bの氏名が書かれている患者B用の内服薬準備用ケースを取りました。
患者A用の内服薬準備用ケースには,カテーテルチップ型シリンジが2本,患者B用の内服薬準備用ケースには,カテーテルチップ型シリンジが1本入っていましたが,看護師Cは,この本数の違いに気が付きませんでした。
なお,看護師Cは,他の看護師が準備した患者A用の2本の水薬については患者Aの氏名を確認しました。
      
6 看護師Cは,患者氏名・薬剤とノートパソコン画面の指示内容との照合を行わず
看護師Cは,カートにノートパソコンと患者B用の内服薬準備用ケースを乗せて,患者Aの病室(感染対策の病室)の前に着きました。
感染対策の病室にパソコンを持ち込めませんので,病室前で,患者氏名と薬剤の内容を服薬指示の画面(ノートパソコン)と照合することになっていました。
ところが,看護師Cは,カテーテルチップ型シリンジ1本について照合しませんでした。

7 看護師Cは,リストバンドとシリンジの氏名の照合も行わず
病院のルールでは,投与(注入)の直前に,リストバンドとシリンジに書いてある患者氏名を,シリンジ1本毎に照合することとなっています。
ところが,看護師Cは,この照合も行いませんでした。

このようにして薬剤取り違え事故は起きました。
看護師Cは,病院のルールを遵守せず,確認を複数回怠っていました.。
看護師Dは,カテーテルチップ型シリンジに患者Bの氏名を記名するというルールを遵守していませんでした.
つまり,夜勤看護師4名のうち少なくとも2名がルールを遵守していませんでした。
調剤から投薬までの間,一度も誰のチェックも受けない体制でした。
東京大学医学部附属病院の薬剤取り違え事故は起きるべくして起きた事故と言えると思います。

事故から学ぶ改善策

診療契約に基づき医療機関に要求される医療水準であるかどうかを決するについては,当該医療機関の性格,所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきであるとされています(最判平7年6月9日(民集49巻6号1499頁,未熟児網膜症姫路日赤病院事件))。

大学病院は,@医師等の育成のための教育機関であると同時に,A新しい医療技術の研究・開発を行う研究機関でもあり,B高度の医療を提供する地域の中核的医療機関でもあります。
小児科は,多様な臓器の疾患を取り扱います。患者の年齢も基本的に0〜16歳まで多様です。

東京東部地域には「子ども病院」の様な小児専門病院はありません。東京大学医学部附属病院の小児医療センターが,東京東部地域の中核的小児病院としての役割を担っています。
また,東京大学医学部附属病院は,最適な先端医療,高度な医療を提供する大学病院なので,最適な先端医療,高度な医療を必要とする重篤な患者も入院しています。
このような 東京大学医学部附属病院小児科で,薬剤取り違え事故が起きると,重大な結果を生じ得ることは容易に予見できますので,薬剤取り違え事故が起きないように薬剤のダブルチェックの仕組みが必要と思います。とくにハイリスク薬については,ダブルチェックが絶対的に不可欠です。

2015年の事故調査報告書によると,東京大学医学部附属病院の薬剤取り違え事故の問題点は,第1に他の患者の薬剤を誤注入してしまったこと(薬剤を取り違えたこと及び照合確認を怠り取り違えに気付かず誤注入してしまったこと),第2に,誤投薬後の連絡・説明が十分でなかったこととされています。

事故調査報告書は,(1)内服薬ルールを周知徹底する,(2)内服薬専用の管理場所を確保する,(3)内服薬処方に関する検討を進める,(4)業務内容を整備する,(5)オカレンス(occurrence)発生時の連絡体制を周知する,(6)出来るだけ速やかに患者さんのご家族へ公式な場を設けて(ベッドサイドではなく)誠意をもって説明する,の改善すべき6点をあげています。

事故調査報告書には次のように記載してされています.

1.内服薬ルールを周知徹底する
 以下について、小児医療センター、看護部で周知徹底する
(1)薬剤を準備する際は、1患者1トレイとする(水薬と散剤を別にしない)
(2)散剤の溶解は出来るだけ直前に、薬剤を投与する者が行う
(3)薬剤を準備する際は、薬剤を吸引する前にシリンジに必ず患者氏名を明記する
(4)無記名のシリンジに準備された薬剤は、使用しない
(5)薬剤投与(注入)直前のリストバンドでの患者確認を徹底する

2.内服薬専用の管理場所を確保する
(1)与薬カード・1患者1トレイのためのトレイ・内服薬準備用ケースを整備する
(2)輸液準備と同じ場所を使用せず、内服薬専用の場所を確保する
(3)内服薬準備用ケースの患者名が、薬剤を入れても見えるものに変更する

3.内服薬処方に関する検討を進める
(1)薬包数が少なくなるように検討する
@ 看護師が、病棟で散薬調剤を薬剤毎に別々に行うと時間と手間がかかるため、薬剤部で最初から薬剤を出来るだけまとめてもらうようにする(同じ種類の薬剤や同じ効果を持つ薬剤は一つにまとめるようにする)
A 多くの薬剤を内服している患者は、その薬剤を続けるかどうかについて、医師と薬剤師で検討する

4.業務内容を整備する
(1)朝6時の業務の集中する時間帯の業務を整理し、不必要な業務をなくす
 @ 業務の集中する時間帯に、スタッフからの連絡の電話を避けるように周知する
 A 周辺業務の整理、夜勤人数を増員するかどうかの検討を行う

5.オカレンズ発生時の連絡体制を周知する
担当医師は患者の治療に専念するため、Pocket医療安全マニュアルに従い迅速に報告すること

6.患者さんのご家族への説明について、以下の点を徹底する
出来るだけ速やかに、患者さんのご家族へ公式な場を設けて(ベッドサイドではなく)誠意をもって説明すること


2017年の東京大学医学部附属病院のサイトには,
「内服薬に関するルール(注入器具への記名、薬剤注入直前の本人確認用バンドでの患者確認など)の周知徹底、内服薬の管理環境の整備(内服薬ケースの患者氏名の視認性の向上など)、看護師の業務負担の軽減(看護師の増員、看護師が病棟で調製する薬包数を減らすための多職種での検討、処方に複数の薬剤がある場合に薬剤部で予め服用時点ごとに1つの袋にまとめることの推進など)を実施しました。また、重大事故発生時の連絡体制や職業倫理に関する職員教育を、研修会やe-learningにより実施すると共に、内服薬(散薬)のバーコード管理システムを導入することとし、そのための医療情報システムの仕様書策定を行いました。内服薬に関するルールや緊急時の連絡体制などの職員教育については、今後も継続的に実施して参ります。」
と書かれています。

2015年の事故調査報告書と2017年の東京大学医学部附属病院のサイトがダブルチェックについて言及していないことはいかがなものかと思います。東京大学医学部附属病院小児医療センターの性格と役割に鑑み,とくにハイリスク薬についてはダブルチェックが絶対的に不可欠であることを考慮し,2015年の事故調査報告書が指摘する点をふまえ,真に実効的な再発防止策が実行されることを強く期待いたします。