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下級審医療判例real estate

東京高判平26.2.26
平成26年2月26日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 奥 木 英 行
平成24年(ネ)第7143号損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成22年(ワ)第46609号)
口頭弁論終結日 平成25年12月25日
            判          決
 静岡県
     控    訴    人                  A
      上記訴訟代理人弁護士      谷       直   樹
                      馬   場       望
 東京都
      被  控  訴  人                   B
      代 表 者 代 表 理 事                     C
      上記訴訟代理人弁護士       小   西   貞   行
                       中   藤   亮   平
                       小 町 谷       綾
                       山    本    唯   倫
            主         文
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,350万2013円及びこれに対する平成22年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 その余の控訴人の当審における拡張請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを8分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。
5 この判決は,主文2項に限り仮に執行することができる。
            事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,408万円及びこれに対する平成22年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(控訴人は,当審において,前記2判示のように請求を拡張した。)
第2 事案の概要
1 控訴人は,平成22年3月10日,被控訴人の設置運営する病院(以下「本件病院」という。)において右脛骨粗面移動術及び右膝蓋骨内側支帯縫縮術(以下「本件手術」という。)を受けた後,コンパートメント症候群を発症して,同年8月30日まで入院治療を受けた。
本件は,控訴人,一審相原告D(以下「一審原告D」という。)及び一審相原告E(以下「一審原告E」といい,一審原告Dと俳せて「一審原告ら」という。)が,同年3月11日の時点で本件病院の医師らに控訴人のコンパートメント症候群に対する緊急手術等の処置を怠った注意義務違反があり,そのために上記注意義務違反がなければ必要のなかった入院治療を要することになり,控訴人が230万円相当の精神的損害(ただし,後遺症によるものを除く。)及び弁護士費用相当額35万4850円を,一審原告Dが休業損害20万円及び付添看護費9万9000円の損害を,一審被告Eが休業損害94万9500円の損害をそれぞれ被った旨を主張して,被控訴人に対し,控訴人においては,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として,上記慰謝料及び弁護士費用相当額の合計265万4850円及びこれに対する上記退院の日の翌日である同年8月31日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を,一審原告Dにおいては,不法行為に基づく損害賠償として,上記休業損害及び付添看護費の合計29万9000円及びその遅延損害金の支払を,一審原告Eにおいては,不法行為に基づく損害賠償として,上記休業損害94万9500円及びその遅延損害金の支払を,それぞれ求める事案である。
原審は,控訴人及び一審原告らの各請求をいずれも棄却した。
控訴人が控訴し,入院雑費21万3000円,入院付添費21万4500円,付添交通費31万4477円,休業損害の一部(子どもの監護費用)88万7013円,入院慰謝料208万2000円,これらの請求のための弁護士費用相当額37万1099円の合計408万2089円の損害を被ったと主張するとともに,遅延損害金の起算日を平成22年8月31日から同年3月11日に変更して,前記第1の2判示のように請求を拡張した。
なお,控訴人の請求(当審における拡張部分を含む。)は,上記各損害以外の損害を請求の対象としておらず,明示の一部請求である。
また,一審原告らも控訴人と共に控訴したが,これを取り下げた。
2 前提事実,争点及びこれに対する当事者の主張は,当審における当事者の主張を踏まえ,次のとおり原判決を補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」1,2に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1)原判決2頁20行目の「原告の」を「控訴人の」と改める。
(2)ア 同3頁7行目「原告らの主張」を「控訴人の主張」と改める。
イ 同3頁1 1 ・ 12行目の「本件病院の医師らは」を「本件病院の看護師らは,同日午前6時ころの時点で,コンパートメント症候群の可能性を疑うことが可能であり,本件病院の医師らは,上記看護師らからそのような報告を受ければその時点で,上記看護師らからそのような報告を受けなくても」と改める。
ウ 同3頁14行目の「本件病院の医師らは」を「本件病院の看護師らは,同日午前6時の時点で,医師に控訴人の病状を報告し,患肢の挙上,シーネ及び包帯の除去等の処置を行うとともに,臨床症状に注意して十分な経過観察を行うべきであったのであり,本件病院の医師らは,上記看護師らからそのような報告を受ければその時点で,そのような報告を受けなくても同日午前10時ころまでの時点で」と改める。
エ 同4頁1行目の「困難であり,」の次に「数時間後に病棟回診が確実に行われる状況下において,本件病院の看護師らが,直ちに控訴人の病状を上申しなくても,また,」を加える。
(3)同4頁4行目の「原告らの主張」を「控訴人の主張」と改める。
(4)ア 同5頁3行目の「原告らの主張」を「控訴人の主張」と改める。
イ 同5頁4行目の「原告Aは」を「ア 控訴人は」と,同頁5・6行目の「152日間の入院治療(以下「本件入院治療」という。)を」を「平成22年8月30日までの入院治療を」と,同頁7行目の「これらの結果は」を「控訴人は,同筋膜切開手術から1か月である同年4月10日ないし11日には退院できたのであるから,同月11日から同年8月30日までの142日間の入院治療(以下「本件入院治療」という。)を要するという結果は」とそれぞれ改める。
ウ 同5頁7行目末尾の次に改行の上,以下のとおり加える。
「イ 控訴人のコンパートメント症候群の発症の原因は,本件手術後身体の動きなど何らかのきっかけで,本件手術において脛骨粗面を固定したスクリューの先端が血管を傷付け,血管損傷によって出血し,出血によって内側から圧力がかかり,区画内圧が上昇したものと認められ,本件においては,その進行は通常のコンパートメント症候群よりも遅かったものであって,予後が良好である時間的限界は通常よりも長かった。
ウ 控訴人において,阻血徴候が現れたのは,平成22年3月11日午前6時ころであり,同日午前10時ころの段階では,まだ不可逆的な変化は生じておらず,その時点で,直ちにMRI検査を行い,そこから確定診断をして,緊急手術により筋膜切開等の措置を行えば,現在のような後遺症を残すことなく回復できた可能性が極めて高い。
エ コンパートメント症候群において,臨床上経験する症例のほとんどは不完全な虚血状態であるところ,控訴人のコンパートメント症候群も不完全な虚血状態であったのであるから,阻血徴候が生じた後12時間以内に筋膜切開手術を行えば予後が良かったものと認められる。
また,海外の文献では,発症後25ないし30時間以内に筋膜切開を行った場合,予後は良好である旨の記載があることからすれば,阻血徴候が生じた後12時間経過しても筋膜切開手術を行えば,行わないよりもはるかに予後が良かったことが合理的に推認できる。」
エ 同5頁9行目の「原告Aが」を「ア 控訴人が」と改める。
オ 同5頁12行目末尾の次に改行の上,以下のとおり加える。
「イ 控訴人は,控訴人のコンパートメント症候群の発症の原因が,本件手術後身体の動きなど何らかのきっかけで,本件手術において脛骨粗面を固定したスクリューの先端が血管を傷付け,血管損傷によって出血し,出血によって内側から圧力がかかり,区画内圧が上昇したものと主張するが,平成22年3月24日撮影のMRI検査において,控訴人の右膝に血腫やスクリューの突出が認められない上,具体的事実関係に基づいた指摘がないことからすれば,控訴人の上記主張に理由のないことは明白である。なお,仮に控訴人の上記主張のとおりであれば,控訴人のコンパートメシト症候群の発症時期は被控訴人主張の発症時期よりも早くなるはずである。
ウ コンパートメント症候群の発症(阻血徴候の発生)から運動神経麻痺の症状発現までに2ないし4時間を要するところ,控訴人は,平成22年3月11日午前6時ころに運動神経麻痺にまで至っていたこと,コンパートメント症候群は,その発症後8ないし12時間を経た後には不可逆的とされることからすれば,同日午前10時の時点でコンパートメント症候群の可能性を念頭に何らかの処置を開始していたとしても予後は不良であったというべきである。」
(5)ア 同5頁14行目の「原告らの主張」を「控訴人の主張」と改める。
イ 同5頁17行目の「原告ら各自に」から同6頁10行目末尾までを以下のとおり改める。
「控訴人に生じた損害は以下のとおり,合計408万2089円であり,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償として請求する。
ア 入院慰謝料                 208万2000円
控訴人が本件入院治療を余儀なくされたことによる精神的苦痛は上記金額を下らない。
イ 入院雑費                   21万3000円
1500円/日×142日=21万3000円
ウ 入院付添費                  21万4500円
一審原告Dは合計33日間,仕事を休んで付き添い,身の回りの世話などを行ったが,控訴人の心身の状況,病状に照らせば,心身の回復のために必要不可欠なものであった。
6500円/回×33回=21万4500円
エ 付添交通費                  31万4477円
(ア)ガソリン代     14万5530円
15円/Km×294Km×33回=14万5530円
(イ)高速道路利用料 合計16万8947円
オ 休業損害の一部(子どもの監護費用)      88万7013円
控訴人には,本件病院に入院した当時,小学2年生と1歳の2人の子どもがおり,主として控訴人が養育・監護していたが,控訴人の入院により,これができなくなり,一審原告Eにその養育・監護を依頼することとなった。なお,一審原告Eは年収約228万円の給与所得者であった。
228万円×142/365≒88万7013円(1円未満切捨て)
カ 上記アないしオの請求のための弁護士費用相当額 37万1099円
(被控訴人の主張)
ア 入院慰謝料,入院雑費について
本件は,平成22年3月11日午前6時ころにはコンパートメント症候群が 相当に進行していたケースであり,1か月もあれば閉創及び退院できる症例と異なり,同年4月11日に退院できたとは認められない。
イ 入院付添費及び付添交通費について
本件病院は,看護師による完全看護体制が確立しており,また,医師らの親族看護の指示はなく,その病状に照らしても,一審原告Dによる付添看護の必要はないから,入院付添費及び付添交通費は損害にならない。
ウ 休業損害の一部(子どもの監護費用)及び弁護士費用相当額について争う。」
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,当審における請求の拡張後の控訴人の請求のうち, 350万2013円及びこれに対する不法行為の日である平成22年3月11日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し,その余は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり原判決を補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1)ア 原判決7頁6行目末尾の次に「そして,コンパートメント症候群においては,運動神経麻痺や筋力低下が生じるまで,阻血徴候が生じてから2ないし4時間を要する(甲B8)。」を加える。
イ 同7頁17・18行目の「阻血状態が」から同頁19行目の「神経障害」までを「完全な虚血状態が8時間以上続いた場合や不完全な虚血状態が12時間を超えて続いた場合は,神経障害」と改める。
ウ 同7頁13行目の「6〜8時間」を「一定時間」と,同頁19・20行目の「不良である」を「不良であるとする文献があるが,これらが不完全虚血の場合を含むか否かは明らかではない。」とそれぞれ改め,同頁22行目末尾の次に改行の上,以下のとおり加える。
「 そして,臨床上発生するコンパートメント症候群の症例のほとんどが不完全な虚血状態であり(甲B17) ,不完全虚血の場合,身体所見の発現から12時間以内に筋膜切開手術が施行された22肢中,15肢(68パーセント)の症例において完全な機能回復を認めたが,12時間を超えて筋膜切開手術が施行された24肢中,機能回復した症例は2肢(8パーセント)のみであった旨の報告(甲B17, 甲B21の1,2),身体所見の発現から10時間以内に筋膜切開手術を施行した5例については後遺障害が残らなかったが,14時間以上経過後に筋膜切開手術を施行した5例については後遺障害が残った旨の報告(甲B18の1,2)があり,大阪府立泉州救命救急センターにおけるコンパートメント症候群の症例調査では,退院時の運動機能が正常だった12例における,身体所見の発現から筋膜切開手術までの時間は4時間ないし32時間で,退院時の運動機能に障害が残存した16例における,身体所見の発現から筋膜切開手術までの時間は4時間ないし32時間という調査結果のあること(甲B19)が認められる。」
エ 同8頁11行目末尾の次に「本件手術においては,脛骨粗面を移動させた後,スクリューで固定する処置が行われた。」を加える。
(2)ア 同12頁3行目の「供述していることからすると」を「証人尋問(原審)において,供述し,その陳述書(乙A5)中には,控訴人のコンパートメント症候群の原因としては,消去法的にシーネの固定しか考えられない旨の記載があることに加え,被控訴人が,本件手術及びその後の本件シーネ固定により控訴人がコンパートメント症候群を発症したことを認めていること及び前記1判示の事実及び証拠を総合すれば,控訴人のコンパートメント症候群の原因は,本件手術後の本件シーネ固定であったと認められ,また」と改める。
イ 同13頁15行目の「早期(6時間以内)」を「一定の時間内」と改める。
ウ 同14頁2行目の「確認された時点で」を「確認され,ボルタレンを挿肛しても,鎮痛効果が十分得られないことを確認し,ペンタジンを点滴投与した同日午前11時10分の時点で」と改める。
エ 同14頁26行目・同15頁1行目の「同日午後10時」から同15頁5行目末尾までを「コンパートメント症候群においては運動神経麻痺や筋力低下が生じるまで阻血徴候から2ないし4時間を要することは前記1(1)ア(ウ)判示のとおりであること,控訴人の同日午前6時ころの症状が,右足の知覚鈍麻及びしびれが認められたが,創通は自制内であったことは前記1(2)ウ判示のとおりであって,その運動神経麻痺が発現していたとまでは認められないこと,控訴人の同日午前10時ころの症状が,右下肢の動きが悪く,右足の挙上及び背屈が行えない状態であったことは前記1(2)エ判示のとおりであって,右下肢が全く動かなかったわけではないから,その運動神経麻痺は完成していないものの,これが発現すると共に筋力低下が生じていたと認められること並びに前記1(1)判示の事実及び証拠を総合すると,控訴人のコンパートメント症候群について,阻血徴候の発生時期は,同月11日午前2時から同日午前4時までの間であると認められ,F医師の前記供述もこれを左右するに足りるものではなく,他にこれを覆すに足りる証拠はないのである。」と改める。
オ 同15頁12行目の「確認された時点で」を「確認され,ボルタレンが挿肛されても,その鎮痛効果が十分得られないことを確認し,ペンタジンを点 滴投与した午前11時10分の時点で」と改める。
カ 同15頁13行目の「同日午前10時過ぎ」を「包帯の巻き直しによっては改善が見られないことが確認され,ボルタレンが挿肛されても,その鎮痛効果が十分得られないことを確認し,ペンタジンを点滴投与した同日午前11時10分」と改める。
キ 同15頁17行目の「行ったとしても」から同16頁15行目末尾までを以下のとおり改める。
「 行うとした場合には,甲B第14号証に加えて,その時間帯が昼間であること,コンパートメント症候群における筋膜切開手術の緊急性,本件病院が,本件手術を施行し,その後の控訴人の入院リハビリ治療を実施するに足りる医療体制を有していたことは,前記第2の1判示のとおりであり,完全看護であったことは,後記(3)カ(イ)判示のとおりであること,前記1(2)判示の控訴人に対する医療行為の内容及び証拠(乙A1,2)を総合すれば,本件病院において,同日午前11時10分から遅くとも1時間程度経過した時点で筋膜切開手術を施行できたものと認められ,この認定を左右するに足りる証拠はない。
そして,控訴人のコンパートメント症候群について,阻血徴候の発生時期が同日午前2時から同日午前4時までの間であると認められることは前記イ判示のとおりであるから,控訴人の阻血徴候の発生時から概ね10時間以内,遅くとも12時間以内には筋膜切開手術を施行することができたものと認められるのである。
(イ)コンパートメント症候群については,完全な虚血状態が8時間以上続いた場合や不完全な虚血状態が12時間を超えて続いた場合は,神経障害,筋壊死による麻痺と拘縮が生じ予後は不良とされているが,不完全虚血の場合,身体所見の発現から10時間以内に筋膜切開手術を施行した5例については後遺障害が残らなかったという報告,身体所見の発現から12時間以内に筋膜切開手術が施行された22肢中,15肢(68パーセント)の症例において完全な機能回復を認めた旨の報告のあることは前記1(1)ア(エ)判示のとおりである。
そして,臨床上発生するコンパートメント症候群の症例のほとんどが不完全な虚血状態であることは前記1(1)ア(エ)判示のとおりであること,シーネによる固定がギプスによるものに比べれば,コンパートメント症候群の発症の可能性が低いこと,本件手術終了後の本件シーネの固定はF医師が行ったところ,同医師は約7000例の膝の手術を施行したが,その症例中には下肢部分にコンパートメント症候群を発症したものがなかったことは前記1(2)エ判示のとおりであって,このような臨床経験豊かな同医師が臨床上発生することが極めて少ない完全虚血まで発症させるようなシーネの固定方法をとったことをうかがわせる事情があるとは認められないこと及び前記1判示の証拠を総合すると,控訴人のコンパートメント症候群における阻血状態が,完全な虚血状態であるとは認められず,不完全な虚血状態であったものと認められ,これを左右するに足りる証拠がない。そして,同日午前11時10分から間もない時期に本件病院の医師らが,内圧測定等を行い,その測定結果を踏まえて,同日午前11時10分から遅くとも1時間程度経過した時点で筋膜切開手術を施行できたものと認められることは,前記(力判示のとおりであって,その時点では阻血徴候の発生から概ね10時間以内であり,遅くとも12時間は経過していないのである。
以上によれば,本件病院の医師らにおいて控訴人に対し筋膜切開手術を行うことが可能であった時点は,予後が良好とされる時間的限界の範囲内であったものと認められ,この認定を覆すに足りる証拠はないのである。
そして,甲B第14号証,第17号証,第18号証の1,2,第21号証の1,2,前記1(1)判示の事実及び証拠並びに弁論の全趣旨を総合すれば,控訴人に対する筋膜切開手術が,コンパートメント症候群において予後が良好とされる時間的限界の範囲内で行われた場合,その筋膜切開手術が行われるべき日の1か月後である同年4月10日には控訴人が退院できたものと推認され,これを覆すに足りる証拠はない。
エ 以上によれば,本件病院の医師らに前記(1)判示の注意義務違反がなければ,控訴人が同月11日以降の本件入院治療を受ける必要がなかったものと認められ,本件病院の医師らの前記(1)判示の注意義務違反と控訴人に生じた結果である本件入院治療との間に相当因果関係のあることが認められる。
オ(ア)なお,控訴人は,控訴人のコンパートメント症候群の発症の原因は,本件手術後身体の動きなど何らかのきっかけで,本件手術において脛骨粗面を固定したスクリューの先端が血管を傷付け,血管損傷によって出血し,出血によって内側から圧力がかかり,区画内圧が上昇したものと認められ,本件においては,その進行速度が通常のコンバートメント症候群よりも遅く,コンパートメント症候群において予後が良好とされる時間的限界が前記1(1)ア(エ)判示の期間よりも長かったと主張する。
そして,本件手術においては,脛骨粗面を移動させた後,スクリューで固定する処置が行われたことは前記1(2)ア判示のとおりであり,医師G作成の医学意見書(甲B9)には,本件におけるコンパートメント症候群の発症機序としては,術後,何らかのきっかけで,下腿の深後方コンパートメントにおいて血管損傷が生じ,出血によって区画内圧が上昇したものと考えられる旨の記載がある。
(イ)しかし,証拠(乙A3)及び弁論の全趣旨によれば,同年3月24日に実施されたMRI検査において,下腿に血腫が存在したことやスクリューの突出を確認することができないことが認められる。そして,同月11日の時点でコンパートメント症候群を発症させるような血腫が生じたにもかかわらず,2週間程度で吸収,消失したものであると認めるに足りる証拠はない。
前記(ア)判示の医学意見書に記載された意見は,控訴人のコンパート メント症候群の原因が本件シーネ固定でないことを前提とするものである 上,控訴人を直接診察したF医師の陳述書(乙A5)中には,控訴人のコンパートメント症候群の原因としては,消去法的にシーネの固定しか考えられない旨の記載があるなど前記(1)ウ判示の各点を併せ考慮すると,前記(ア)判示の控訴人の主張,事実及び証拠によっても,控訴人のコンパートメント症候群の発症の原因が,本件手術後の本件シーネ固定であるとの前 記(1)ウ判示の認定判断を左右するに足りず,控訴人の主張は前提を欠き,採用することができない。
(3) 損害について
ア 本件病院の医師らの前記(1)判示の注意義務違反と相当因果関係のある本件入院治療における入院期間が平成22年4月11日から同年8月30日までの142日間であることは前記(2)判示のとおりであり,前記1(2)判示の証拠及び弁論の全趣旨によれば,入院雑費は1日1500円を下回らないものと認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
したがって,本件病院の医師らの前記(1)判示の注意義務違反との相当因果関係のある入院雑費祖当額の損害は21万3000円(1500円/日×142日)であると認められる。
イ 証拠(甲C1ないし4,8,9,乙A1,2)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人には,本件病院に入院した当時,小学2年生と1歳の2人の子がおり,本件入院治療の期間,子の監護を含む家事労働をすることができなかったこと,一審原告E が,同年3月31日に退職して,控訴人の依頼に基づき本件入院治療の期間に おける子らの監護を行ったこと,平成21年における一審原告Eの給与所得が 名目額で227万8805円であることが認められ,これらに加え,平成22 年度の女性学歴計全年齢平均年収が345万9400円(1日当たり9477. 8円)であることをも総合すると,控訴人の1日当たりの休業損害相当額は6 246.57円(年額228万円)を下回るものではないことが認められ,こ れを覆すに足りる証拠はない。
したがって,本件病院の医師らの前記(1)判示の注意義務違反と相当因果関係のある控訴人の休業損害は88万7013円(6246. 57円/日×142日)を下回るものではないと認められる。
ウ 前記(2)判示の本件入院治療における入院日数など本件に顕れた全事情を総合すると,本件入院治療により,控訴人が被った精神的損害を金銭に換算すると,後遺障害による部分を除いても, 208万2000円を下回るものではないことが認められる。
エ 前記アないしウ判示の損害額,本件事案の内容及び難易等を総合すると,本件病院の医師らの前記注意義務違反との相当因果関係のある弁護士費用は32万円であると認められる。
オ 以上によれば,本件病院の医師らの前記注意義務違反との相当因果関係のある控訴人の損害は合計350万2013円であると認められる。
カ(ア)これに対し,控訴人は,入院付添費21万4500円及び付添交通費31万4477円も本件病院の医師らの前記注意義務違反との相当因果関係のある損害であると主張し,一審原告D作成の陳述書(甲C3)中には,それに沿うかのような記載がある。
(イ)しかし,証拠(乙A1,2)及び弁論の全趣旨によれば,本件病院は完全看護であり,親族の付添いについては医師からの指示はなく,控訴人が同年4月2日に松葉杖や装具を用いた歩行訓練などのリハビリテーションを開始していることが認められるのである。
その上,前記(ア)判示の陳述書には,病院側との話し合いや控訴人を支えるために会社を休んだ旨の記載部分があるものの,上記判示の点を総合すると,上記記載部分のみでは,一審原告Dの上記休業が控訴人の本件入院治療から通常生じるものであったとは認めるに足りない。
以上判示の各点に照らすと,前記(ア)判示の控訴人の主張及び証拠によっても,控訴人主張の入院付添費及び付添交通費が本件病院の医師らの前記(1)判示の注意義務違反との相当因果関係のある損害であると認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。」
2 以上によれば,控訴人の原審における265万4850円及びこれに対する平成22年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払請求は理由があるから全部認容すべきところ,原判決中これを棄却した部分は不当であるから,本件控訴は理由があり,控訴人の当審における拡張請求は,上記元本に対する不法行為の日である同年3月11日から同年8月30日まで民法所定年5分の割合による遅延損害金並びに85万7163円及びこれに対する同年3月11日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がなく棄却すべきであるから,原判決中控訴人敗訴部分を取り消し,控訴人の請求(当審における拡張請求を含む。)は350万2013円及びこれに対する平成22年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度でこれを認容し,その余を棄却することとして,主文のとおり判決する。
 
東京高等裁判所第5民事部



裁判長裁判官   大   竹   た か し


裁判官   山   本   剛   史


裁判官   田   中   寛   明

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