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最高裁医療判例real estate

最高裁医療判例
〇最判平22・1・26最高裁HP

身体の拘束が違法ではない事案

(1) 前記事実関係によれば,Aは,せん妄の状態で,消灯後から深夜にかけて頻繁にナースコールを繰り返し,車いすで詰所に行っては看護師にオムツの交換を求め,更には詰所や病室で大声を出すなどした上,ベッドごと個室に移された後も興奮が収まらず,ベッドに起き上がろうとする行動を繰り返していたものである。
しかも,Aは,当時80歳という高齢であって,4か月前に他病院で転倒して恥骨を骨折したことがあり,本件病院でも,10日ほど前に,ナースコールを繰り返し,看護師の説明を理解しないまま,車いすを押して歩いて転倒したことがあったというのである。これらのことからすれば,本件抑制行為当時,せん妄の状態で興奮したAが,歩行中に転倒したりベッドから転落したりして骨折等の重大な傷害を負う危険性は極めて高かったというべきである。
また,看護師らは,約4時間にもわたって,頻回にオムツの交換を求めるAに対し,その都度汚れていなくてもオムツを交換し,お茶を飲ませるなどして落ち着かせようと努めたにもかかわらず,Aの興奮状態は一向に収まらなかったというのであるから,看護師がその後更に付き添うことでAの状態が好転したとは考え難い上,当時,当直の看護師3名で27名の入院患者に対応していたというのであるから,深夜,長時間にわたり,看護師のうち1名がAに付きっきりで対応することは困難であったと考えられる。そして,Aは腎不全の診断を受けており,薬効の強い向精神薬を服用させることは危険であると判断されたのであって,これらのことからすれば,本件抑制行為当時,他にAの転倒,転落の危険を防止する適切な代替方法はなかったというべきである。
さらに,本件抑制行為の態様は,ミトンを使用して両上肢をベッドに固定するというものであるところ,前記事実関係によれば,ミトンの片方はAが口でかんで間もなく外してしまい,もう片方はAの入眠を確認した看護師が速やかに外したため,拘束時間は約2時間にすぎなかったというのであるから,本件抑制行為は,当時のAの状態等に照らし,その転倒,転落の危険を防止するため必要最小限度のものであったということができる。

(2) 入院患者の身体を抑制することは,その患者の受傷を防止するなどのために必要やむを得ないと認められる事情がある場合にのみ許容されるべきものであるが,上記(1)によれば,本件抑制行為は,Aの療養看護に当たっていた看護師らが,転倒,転落によりAが重大な傷害を負う危険を避けるため緊急やむを得ず行った行為であって,診療契約上の義務に違反するものではなく,不法行為法上違法であるということもできない。Aの右手首皮下出血等が,同人が口でミトンを外そうとした際に生じたものであったとしても,上記判断に影響を及ぼすものではなく,また,前記事実関係の下においては,看護師らが事前に当直医の判断を経なかったことをもって違法とする根拠を見いだすことはできない。

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