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看護過誤real estate

第2 注射,薬剤等の事故

1 注射による神経損傷事故

看護師のみの過失肯定例

○グレラン液の筋肉注射後に撓骨神経麻痺が生じた事案
「筋肉注射はそれ程困難なものではないから必ずしも医師自らこれを施行しなければならないものではなく,また被告看護婦の知識及び経験に照らすと,その施行前に施行上の留意すべき点を指示告知しなければならないものではない。」(福島地判昭和47年7月21日,判時691・68)

○点滴実施目的で注射針を刺入する際,患者から鋭い痛みの訴えがあったにもかかわらず,同一部位に注射針を刺入し,その後に反射性交感神経異栄養症(RSD)を発症した事案
「一般に,医師や看護婦の間では,患者に対し,注射針を刺入する際,患者の神経を損傷し,RSDやこれに類似した疾患であるカウザルギーを惹起するおそれがあることから,注射針を刺入したときに患者のしびれや電撃痛などが走った場合には,直ちに注射を中止する必要があることや,そのような場合,再び前に注射したのと同じ部位に注射針を刺入すると,再び神経を損傷する危険性が大きいため,これを避けるべきであるとされている」(大阪地判平成10年12月2日,判時1693・105)

同種裁判例
広島地呉支判昭和36年4月8日,判時259・32
東京地判昭和41年2月26日,判タ190・185

2 塩化カリウム製剤のワンショット事故

看護師のみの過失肯定例
○新人看護師(N2)が,医師から「混注」と書かれた注射箋を手渡されたが意味を理解しないまま,先輩看護師(N1)からも投与方法の具体的な指示がなかったので,点滴チューブに取り付けられた三方活栓から塩化カリウム液を希釈せずに直接注入し,死亡させた事案
N1は禁錮1年・執行猶予3年
N2は禁錮8月・執行猶予3年
(大津地判平成15年9月16日,飯田英男『刑事医療過誤U』[増補版]132頁,奥津康祐『ナースのための看護過誤判例集』13頁)

○循環器内科の医師が「KCL1A白Line白のラクテックに混注」と記載した紙を看護師に渡しKCL投与を指示したところ,看護師がKCL1筒を希釈せずにワンショット投与し患者が死亡した事案
看護師は禁錮1年・執行猶予3年
 (山梨日日新聞平成17年3月12日)

○医師が他の点滴液と混合して点滴する旨入院処方箋に記載していたにもかかわらず,准看護師がこれを守らず,塩化カリウム製剤を輸液と混合希釈することなく静注し,患者を死亡させた事案
准看護師は罰金50万円
(新津簡略式命令平成15年3月12日,飯田英男・『刑事医療過誤U』[増補版]96頁)

医師と看護師の過失肯定例

○医師が,看護師に対し塩化カルシウム注射液をゆっくり患者に静脈注射するように指示し,看護師はその指示を准看護師に申し送ったところ,准看護師が,塩化カルシウム液と塩化カリウム液を誤解して,塩化カリウム液を原液のまま静脈注射し,患者が心肺停止となり,低酸素脳症による後遺症が残った事案
医師は禁錮10月
准看護師は禁錮8月
(京都地判平成17年7月12日,判時1907・112)

3 ルート間違い事故

看護師のみの過失肯定例

○看護師が胃管チューブと間違えて三方活栓から静脈内にビオフェルミン等の水溶液を注入し,患者を一時危篤状態に陥らせた事案
「薬剤を投与するに当たっては,注射器の色を確認するとともに患者の身体へのチューブの接続状態を十分に確かめ,その取り違えによる薬剤の誤投与を防止すべき業務上の注意義務」
看護師は罰金40万円
(和歌山簡略式命令平成15年3月28日飯田英男・『刑事医療過誤U』[増補版]173頁)

○看護師が,経腸栄養ルートチューブと間違えて三方活栓から静脈内にエリストマイシンを注入し,患者を死亡させた事案
「経腸栄養ルートと点滴ルートを取り違えることがないように,チューブを手繰ってこれが経鼻挿入されていることを確認するなど,確実に経腸栄養ルートのチューブであることを確認した上で上記内服薬を投与すべき業務上の注意義務」
看護師は罰金50万円
(横浜簡略式命令平成15年3月31日飯田英男・『刑事医療過誤U』[増補版]175頁)

医師のみの過失肯定例

○医師が准看護師にオサドリンの筋肉注射を指示したところ,准看護師が誤って静脈に注射し,眩暈,胸部苦悶の傷害を与えた事案
医師は罰金1万円
(久留米簡略式命令昭和40年12月9日,法務総合研究所編『医療過誤に関する研究』84頁(法曹会,昭和49年)

4 消毒薬の取り違え事故

4−1 都立H病院事件

○消毒薬を抗生剤と取り違えて床頭台に準備した事案

「A看護婦には,患者に投与する薬剤を準備するにつき,薬剤の種類を十分確認して準備すべき注意義務がある(中略)ヘパ生入りの注射器については「ヘパ生」と黒色マジックで記載されていたにもかかわらず,2本の注射器のうち,ヘパ生入り注射器における「ヘパ生」との記載を確認することなく,漫然,これをヒビグル入り注射器であると誤信し,他方,もう1本のヒビグル入り注射器には「ヘパ生」との記載がないにもかかわらずこれをヘパ生入り注射器と誤信して,後者を亡Cの病室に持参し,亡Cの床頭台においてその点滴を準備したという注意義務違反が認められる。」(東京地判平成16年1月30日,判時1861・3)

「B看護婦には,患者に薬剤を投与するにつき,薬剤の種類を十分確認して投与すべき注意義務がある(中略)準備された注射器には,注射筒の部分に黒色マジックで「ヘパ生」との記載がされているはずであるから,その記載を確認した上で,薬剤の点滴をすべきであるのに,その記載を確認しないまま,漫然,床頭台に置かれていた注射器にはヘパ生が入っているものと軽信し,同注射器に入っていたヒビグルを亡Cに点滴して,誤薬を投与した注意義務違反が認められる。(中略)各注意義務違反と亡Cの死亡との間に因果関係があることを認めることができる。」(東京地判平成16年1月30日,判時1861・3)

○刑事
消毒薬を抗生剤と取り違えて床頭台に準備したA看護師は禁錮1年・執行猶予3年
床頭台に準備された薬剤の確認を怠ったB看護師は禁錮8月・執行猶予3年
(東京地判平成12年12月27日,判時1771・168)

4−2 K大学病院事件

○K大学医学部附属病院の看護師が,人工呼吸器の加温加湿器に滅菌精製水を補充する際,誤って消毒用エタノールを補充し,後の看護師も気付かず,患者に聞かしたエタノールを吸引させて死亡させた事案

看護師は禁錮10月・執行猶予3年
(京都地判平成15年11月10日,医療判例解説24・103)
その後,控訴棄却にて確定(大阪高判平成16年7月7日)。

関係者6人を起訴しいずれも罰金刑となったY市大病院事件と比べると,本件は看護師1人に責任が集中し禁錮刑

○エタノールのタンクを間違えて接続した看護師とラベルを確認せず誤注入を続けた看護師3人の過失を認め,K大病院の使用者責任を認めた。事故の隠蔽工作があったとは認定しなかったが,病院の安全管理の問題が認定された(京都地判平成18年11月2日 医療判例解説24・70 大阪高判平成20年1月31日)。
遺族が上告したが,最高裁は棄却(最決平成20年6月20日)。

4−3 アジ化ナトリウム事件

○看護師Aがアジ化ナトリウムの危険性や使用方法等を具体的に申し送りせず看護経験の乏しい看護師Bに引き継ぎ,看護師Bがアジ化ナトリウムを経口薬であると誤信して患者に投与し死亡させた事案
看護師Aについて「アジ化ナトリウムの危険性及び使用方法等を具体的に申し送るなどして的確に看護業務を引き継ぐべき業務上の注意義務」
看護師Bについて,「診療録ないしカーデックスを点検するなどして,同人に処方された薬剤の有無・種類・内容・投与方法等を確認すべき注意義務」
看護師A・Bは罰金50万円
(京都簡略式命令平成14・12・25,飯田英男・『刑事医療過誤U』[増補版]171頁)

○看護師からアジ化ナトリウムを内服するよう指示された患者がアジ化ナトリウム中毒を発症し,低酸素脳症となった事案
「当裁判所は,上記(中略)で認定した原告花子の糖尿病の症状,昭和56年から平成2年までの10年間の糖尿病性腎症患者の予後に関する最近の報告の内容,糖尿病性腎症患者の予後が改善しつつあることをその他本件に顕れた一切の事情を考慮し,症状固定時における原告花子(当時54歳)の余命期間を20年と想定して原告花子の将来の付き添い介護費用を算定し,67歳までは専業主婦として家事労働に従事することが可能であったことを前提に,原告花子の逸失利益を算出することが相当であると判断する。」(東京地判平成20年2月18日)

5 その他の薬剤取り違え事故
                                        
看護師のみの過失肯定例

○リンコマイシン10ml入りの容器を1ml入りのものと見誤り,患者に数回に分けて滴注し,急性中毒死させた事案
看護師は罰金20万円
(新庄簡略式命令昭和53年3月27日,飯田英男・『刑事医療過誤U』[増補版]7頁)

○過呼吸で救急搬送された患者に対し,准看護師が医師から精神安定剤の点滴を指示されたが,誤って強心剤を点滴し,患者を薬物ショックで死亡させた事案
看護師は禁錮1年6月,執行猶予3年
(大阪地判平成16年11月9日 産経新聞平成16年11月9日)

医師と看護師の過失肯定例

○医師の指示を受けた准看護師が誤って類似の薬剤を静脈注射し患者が死亡した事案
「静脈注射は技術的にも困難である上,往々にして薬品類似による誤用の危険も認められるから,自ら注射するか又は注射液を確認の上,厳重なる監督の許に看護婦に注射させ,危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務」
医師と准看護師はそれぞれ罰金5万円
(静岡簡略式命令昭和33年12月 高田利広『看護の安全性と法的責任(第1集)』72頁)

○看護師がネオペルカミンSアンプルと見誤り漫然と注射器へトランサミン1.7mlを吸入して医師に渡し,医師はそれを腰椎脊髄腔内へ注射し患者を死亡させた事案
「この看護師が平素から薬品の管理方法に問題があったことから,「医師として同看護婦が吸入する薬液アンプルの薬種,薬名の表示を確認したうえ,注射器へ吸入させ,事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務」
医師は禁錮10月・執行猶予2年
看護師は禁錮6月・執行猶予2年
(前橋地太田支判昭和51年10月22日,判タ678・59)

○看護師が表示確認を怠り,造影剤イソピスト注射液アンプルと間違え,止血剤トランサミンS注射液を患者の腰椎脊髄腔内に注射して患者を死亡させた事案(判旨)「看護婦の手交する注射液アンプルの薬種,薬名の表示を正確に確認したうえで,これを注射器に吸入し,事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務」
医師は罰金20万円
看護師は罰金10万円
(花巻簡略式命令平成2年3月30日,判タ770・77)

医師のみの過失肯定例

○看護師が乳幼児に百日咳・ジフテリア混合ワクチンの予防接種をすべきところ,誤って腸チフス・パラチフス混合ワクチンを用意し,医師が予防接種を行い,乳幼児に発熱,チアノーゼを生じさせた事案
補助者たる看護師の行為をある程度信頼して行動しなければ,円滑にして能率的な医療行為は期待できないが,この場合といえども,看護師は医師の補助者であるに留まり,医療行為につき主導的優位的立場に立つものは,医師である
医師には集団予防接種をする際,注射液の判別,確認をなすべき注意義務があり,信頼の原則を適用して過失責任を否定すべき場合に当たらない
医師は罰金5万円
(名古屋地判昭和43年4月30日,下刑10・4・412)

6 輸血(血液製剤)事故

看護師のみの過失肯定例

○別の看護師から渡された輸血容器がその患者に輸血すべき血液が入った容器であると軽信し,執刀中の医師に輸血する旨報告して患者に輸血し,異型輸血によるショックで死亡させた事案
看護師は罰金15万円
(大阪簡裁平成3年6月14日略式命令,判タ1035・54)

○看護師が,血液保管庫にはその患者用の血液バッグのみが保管されていると思いこみ,血液バックの表示を確認することなく,他の看護師とのダブルチェックを行うこともなく,執刀中の医師に輸血する旨報告し,異型輸血により患者を死亡させた事案
看護師は罰金15万円
医師は起訴猶予
(酒田簡裁平成8年10月29日略式命令,判タ1035・55)

○准看護師が冷蔵庫内の血液パックに記載された患者の氏名,血液型の確認を怠り,他の患者のために用意されていた血液パックを病室に運び,看護師も血液パックの氏名,血液型の確認を怠り,輸血し,患者を死亡させた事案
准看護師は罰金50万円
看護師は罰金30万円
(岐阜簡裁平成13年4月2日略式命令,飯田英男ら『刑事医療過誤U増補版』231頁)

○看護師Xが患者の血液型を間違えて準備し,准看護師Yが確認を怠り観察室へ運び輸血を開始し,Z看護師がさらに確認を怠り輸血を開始し,患者がABO式不適合輸血により死亡した事案
看護師Xは罰金50万円
准看護師Yは罰金30万
准看護師Zは罰金20万
(鰺ヶ沢簡裁平成13年12月19日略式命令,飯田英男ら『刑事医療過誤U増補版』233頁)

医師と看護師の過失肯定例

○町立国保病院の准看護師が机上に出ていた別の患者に輸血するための保存血液瓶をその患者のための保存血液瓶と軽信し輸血した事案
准看護師は罰金20万円
医師は罰金20万円
(棚瀬簡裁昭和52年12月26日略式命令,飯田英男ら『刑事医療過誤』83頁)

○医師が准看護師に血液検査を行わせていたところ,その准看護師は,血液検査を行わず,血液型記録ノートに記載されていた同姓同名の別の患者の血液型を検査表に書き写した事案
医師は罰金20万円
准看護師は罰金15万円
(御嵩簡裁昭和57年1月7日略式命令,判タ678・55)

○診察録で患者の血液型を確認しないまま異型の血液を取り寄せた事案
主任看護師は罰金10万円
医師は罰金20万円
(羽曳野簡裁平成2年1月9日略式命令,判タ1035・54)

7 麻酔薬による事故

看護師のみの過失肯定例

○産婦人科医院で子宮筋腫摘出術を受けた患者が麻酔剤の相対的過量により呼吸抑制に陥って低酸素状態となり脳機能障害により死亡した事案(東京地判平成7年4月11日,判時1548・79)

○看護師が約2,3分間という短時間に約15ccという多量のネンブタールを静脈内に注入した事案(宮崎地日南地判昭和44年5月22日,判時574・93)

○看護師が,患者の右肘部にオイナールの注射をする際,誤って動脈に注入し組織壊死を生ぜしめ,右肘関節部切断の結果を生じた事案(仙台高判昭和37年4月10日,判時340・32)
上告棄却(最決昭和37年6月20日)

○看護師がシリンジ交換の際にポンプの流量設定スイッチを押し誤り,麻酔薬の過量投与により患者を死亡させた事案
「シリンジポンプの流量表示を厳に確認し,一時間当たり六ミリリットルに流量を設定して同剤の投与を再開すべき業務上の注意義務」
看護師は罰金50万円
(武雄簡略式命令平成16年3月8日,飯田英男ら『刑事医療過誤U増補版』647頁)

医師と看護師の過失肯定例

○看護師が,麻酔器の酸素ガスの調節つまみと笑気ガスの調節つまみとを取り違えて操作し,酸素ガスの吸入を停止させ笑気ガスのみを吸入させ,また医師は切開部の縫合に気を取られ自ら右麻酔器の流量計を視認するなどの確認を怠り,そのため患者が酸素欠乏に基づく低酸素脳症により死亡した事案
看護師,医師をそれぞれ罰金50万円
(千葉簡略式命令平成10年7月10日,判タ1035・59)

医師のみの過失肯定例

○慢性的な鞭打症の患者にキシロカイン混合注射液を頸部硬膜外に注射したところ,みるみる顔色が変わり,全身に脱力症状を生じ,脈は触知不能,血圧は測定不能,自発呼吸も認められず,意識不明となり,一時は心臓機能の再開はみたものの意識は回復せず2週間後に死亡した事案(大阪高判昭和58年2月22日,判時1091・150)

○痛みを訴えた患者に,医師の指示に従ってマーカイン8mlを硬膜外注入したところ,患者がショック状態となり,その後死亡した事案(大阪地判平成11年3月8日,判タ1034・222)

○外科医2名が,全身麻酔施術のため看護師にオーロバンソーダの静脈注射を指示したところ,看護師が誤ってクロロフォルムを静脈に注射し,患者を死亡させた事案(広島高判昭和32年7月20日・高刑特4・696)
上告棄却(最決昭和33年3月6日刑事裁判資料233・475)


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