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下級審医療判例real estate

青森地判平19.3.30
                 主      文
1 被告らは,原告Aに対し,各自1億1917万9626円及びこれに対する平成1
6年2月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告Bに対し,各自275万円及びこれに対する平成16年2月19日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは,原告Cに対し,各自275万円及びこれに対する平成16年2月19日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用については,原告Aと被告らとの間に生じたものは,被告らの連帯負担と
し,原告B又は同Cと被告らとの間に生じたものは,それぞれ6分し,その各1を同原告
らの負担とし,その余を被告らの連帯負担とする。
6 この判決は,1項から3項までに限り,仮に執行することができる。
                 事実及び理由
(略)
第6 当裁判所の判断
1 争点1(原告Aが脳性麻痺に至った原因)について
(1) まず,証拠〈甲A2から6まで(枝番を含む。),乙A6の1(特に,64頁,66頁,68頁,69頁,71頁),6の2(特に,22頁),証人G〉によると,次の各事実が認められる。
ア 原告Aは,転送先の国立弘前病院において,8月24日(出生当日)及び同月26日に頭部CT検査を,9月4日,同月18日及び11月14日に頭部MRI検査を受けた。
イ 上記の各CT検査による画像では,明らかな脳浮腫は確認されなかったが,9月4日に実施された頭部MRI検査の画像では,両側視床及び基底核に低酸素性虚血性脳症によるものと考えられる異常信号強度域が認められたことから,画像診断を担当した上記病院のG医師は,改めて上記の各CT検査の画像を精査し,その結果,それらのCT画像において基底核及び視床の構造がはっきりと撮影されていないのは,低酸素性虚血性脳症急性期の浮腫が原因である可能性があると考えるに至った。
ウ そして,9月18日に実施された頭部MRI検査によるT1強調画像及びT2強調画像でも,両側視床,基底核,扁桃体,海馬傍回及び海馬に低酸素性虚血性脳症によるものと考えられる異常信号強度域が認められた。
また,最近,G医師が保存されていた上記MRI検査における拡散強調画像(diffusionMRI)のデータに基づいて計算画像を作成したところ,内包後脚(甲A5の4の画像でいうと,上から3段目,左から3行目の写真の,筋状に白く写っている部分)に高信号が左右対称に認められた。
エ さらに,11月14日に実施された頭部MRI検査では,低酸素性虚血性脳症によるものと考えられる高信号は,信号強度が低下し,不明瞭化していたが,両側の側脳室下角が拡大していることが認められ,扁桃体,海馬傍回及び海馬の領域において脳の萎縮が生じていることが確認された。
以上のとおりである。
(2) そして,上記認定によれば,原告Aは,出生当日の8月24日において,低酸素性虚血性脳症に陥っていたものと認めるのが相当である。加えて,前記前提事実3(5),4(2)及び(7)並びに証拠〈甲B10,11,原告B,同C,被告E〉によると,原告Aは,出生直後,自発呼吸が見られず,皮膚の色も蒼白であるなど,新生児仮死の状態であったことが認められ,本件胎児は分娩中に低酸素状態に陥っていたものと推認されるから,特段の事情がない限り,原告Aの低酸素性虚血性脳症は,出生前の原因により発症したものというべきである。
そこで,以下,原告Aの低酸素性虚血性脳症が,出生後の原因により発症したことを窺わせるに足りる特段の事情があるか否かを検討する。
ア まず,前記前提事実4(7)によると,低酸素性虚血性脳症が発症する出生後の原因としては,重篤な出血,ショック状態,脳障害,麻酔,外傷,先天性心疾患,肺機能不全などの低酸素症などが挙げられているが,原告Aの被告病院におけるカルテ等〈乙A2〉及び国立弘前病院におけるカルテ等〈乙A6の1〉を子細に検討しても,原告Aの低酸素性虚血性脳症が出生後の原因により発症したことを窺わせるに足りる特段の事情を見出すことができない。
この点,鑑定人兼証人H(以下,単に「鑑定人」という。)は,尋問に代わる回答書(8〜9頁)において 9月18日に実施された頭部MRI検査の結果に関し,「亜急性期低酸素性虚血性脳症の診断でよいと考えるが、低酸素性虚血の状態が分娩中に起こったものか、分娩後に生じたかは画像上から診断することは困難であると考える 」と証言しているが,さりとて,原告Aの低酸素性虚血性脳症が出生後の原因により発症したことを窺わせるに足りる事情を具体的に指摘しているわけではない。むしろ,被告Eが,本人尋問において,要旨 「原告Aが,出生時において,低酸素血症の状態であったことは,間違いない。その原因は,分娩のどこかの過程で無理があったのか,胎児が低酸素状態になる状態が分娩室にいる間に,どこかで発生した可能性はあると思う。」と供述していることからすると,原告Aの低酸素性虚血性脳症は,出生後の原因により発症したものとは認められないというべきである。
イ なお,原告らは,原告Aは,胎便吸引症候群を発症した結果,低酸素性虚血性脳症に陥った旨主張する(もし,原告Aが胎便吸引症候群を発症したのであれば,その程度次第により,出生後の原因により低酸素性虚血性脳症に陥った可能性が否定できない。)ので,この点について検討すると,前記前提事実4(8)によれば,胎便吸引症候群の場合には,
感染羊水の吸引時に新生児肺炎(胎児肺炎)になることがあるとされているところ,証拠〈乙A6の1の7頁,10頁,133頁〉によると,原告Aは,国立弘前病院へ搬送された直後に行われた胸部X線検査の結果,肺炎に罹患していることが判明したものと認められるが,他方,上記胸部X線検査により得られた画像は,肺に浸潤が認められるというものであって,胎便吸引症候群の場合に典型的に見られるようなものではない(上記前提事実によれば,無気肺と肺気腫が混在するもの,両側肺野に粗い樹枝状陰影の見られるもの,肺全体が濃いすりガラス状に見えるものが画像の典型例として掲げられており,また,鑑定人も,鑑定書8頁において,胎便吸引症候群の場合には,胸部X線写真は両肺野に粗い索状及び斑状陰影が不規則に分布する像が特徴的であるところ,出生時のX線写真は,胎便吸引症候群の典型的写真でないとの見解を示している。)。また,証拠〈乙A6の1〉によると,国立弘前病院の担当医師も,原告Aの症状を胎便吸引症候群によるものではないかと一時疑ったものの〈同号証13頁〉,結局,確定診断に至らなかったようである(カルテ上,原告Aにつき,胎便吸引症候群であると確定診断したことを窺わせるに足りる記載は見当たらない。)。
さらに,証拠〈乙A1(特に,20頁,22頁),被告E〉によると,分娩時の原告Cの羊水に混濁が見られなかったこと,被告Eが,出生直後の原告Aに対し,直ちに吸引及び酸素投与の蘇生処置をとったことが認められるのであって,これらの事情を考え併せると,原告Aが出生後に胎便吸引症候群に陥り,その結果,低酸素性虚血性脳症に罹患したものと認めることはできないというべきである(鑑定人も 鑑定書8頁において,原告Aが胎便吸引症候群に罹患したことについて,否定的な見解を示している。)。
(3) そうであるとすれば,原告Aの低酸素性虚血性脳症は,出生前の原因により生じたものとみるほかない。
これに対し,鑑定人は,本件胎児が分娩中の低酸素症・代謝性アシドーシスが原因で低酸素性虚血性脳症に陥ったとは考えづらいとの見解を示し〈鑑定書4頁以下〉,その理由として,原告Aのアプガースコアが出生1分後に7点,出生5分後に7点であったこと,及び,分娩直前のFHR聴取で明らかな徐脈が認められなかったことを挙げているが〈尋問に代わる回答書12頁〉,上記の各点に関する関係証拠の信用性が乏しいことは,後記2(2)キ(オ)及び(3)ウに認定のとおりであるから,鑑定人の上記見解は,その根拠を欠くというべきである。
(4) そこで,進んで,上記低酸素性虚血性脳症が原告Aに発症した脳性麻痺の原因であるかの点につき,検討する。
ア 前記前提事実4(9)によると,出生時の低酸素症は脳性麻痺の原因となり得るところ,前記(1)から(3)までに認定のとおり,原告Aについては,分娩中の低酸素状態により低酸素性虚血性脳症が生じ,しかも,MRI画像上,低酸素性虚血性脳症による異常信号強度域が認められた扁桃体,海馬傍回及び海馬の領域において脳の萎縮が認められたことにかんがみれば,他の原因のみによって脳性麻痺が生じた相当程度の可能性がない限り,上記低酸素性虚血性脳症が原告Aに発症した脳性麻痺の原因であると推認するのが相当である。
イ この点,鑑定人は,鑑定書5頁以下において,米国産婦人科医会及び米国小児科学会が提唱し,日本産科婦人科学会も支持を表明している診断基準によれば,低酸素性虚血性脳症の原因となり得る分娩中の急性低酸素症が脳性麻痺の原因であると診断されるためには,まず,基本的診断基準として,@臍帯動脈血中に代謝性アシドーシスの所見が認められること(pH<7かつ不足塩基量≧12 mmol/l),A34週以降の出生早期にみられる中等ないし重症の新生児脳症,B痙性四肢麻痺型及びジスキネジア型麻痺,C外傷,凝固系異常,感染,遺伝的疾患などの病因が除外されることの4項目の全てが認められなければならないとされているところ,原告Aに生じた脳性麻痺については,A及びBの各項目は認められるものの,@及びCの各項目は認められないとの見解を示している。
ウ そこで,まず,@の項目についてみると,鑑定人が同項目が認められないとして挙げた根拠は,アプガースコア1分後7点が正しいとすれば,臍帯血の血液ガス分析を実施していたとしても,血液ガス値のpHが7.00未満となっていたとは考えづらい〈鑑定書5頁以下〉というものであるが,原告Aの出生1分後のアプガースコアが7点であっ
たという点が採用できないことは,後記2(3)ウに認定のとおりである。
かえって,前記(3)認定のとおり,原告Aが出生前の原因により低酸素性虚血性脳症に陥っていたとみるほかないことにかんがみれば,仮に,被告Eが出生時に臍帯動脈血を採血して血液ガス分析を行っていたならば,臍帯動脈血中に代謝性アシドーシスの所見が認められたであろうと推認するのが相当である(この点,被告Eが,本人尋問において,原告Aが出生時において低酸素血症の状態であったことは間違いない旨供述していることは,前記(2)ア記載のとおりであり,また,鑑定人も,尋問に代わる回答書(2〜4頁)において,要旨,「分娩室にいた家族が,分娩室で児の泣き声を聞かなかった,児の皮膚の色が真っ白であったと証言しているとのことだが,その証言が真実であるとすれば,アプガースコアは4〜5点となるから,新生児が代謝性アシドーシスに陥っていた可能性は,否定できない。なお,血液ガス値が7.00未満となるほどの代謝性アシドーシスになっている場合,多くはアプガースコアは0〜3点であるので,アプガースコアが4〜5点ということであれば,児の血液ガス値が7.00未満となるという可能性は低いが,あり得ないことではない。」旨証言している。)。
エ 次に,Cの項目についてみると,鑑定人は,同項目が認められないとした理由につき,凝固系異常,感染,遺伝的疾患などの病因は除外されるとした上で,原告Aについては産道通過中に硬膜下出血が起こった可能性が強い旨指摘しているところ〈鑑定書5頁以下〉,証拠〈甲A2,3,乙A6の1(特に,64頁,66頁)〉によると,原告Aにおいては,8月24日及び同月26日に撮影されたCT画像により,左小脳テント下及び大脳鎌に沿った小脳テント上に硬膜下血腫が認められたものである。
しかしながら,他方,証拠〈甲A4,乙A6の1の68頁〉によると,上記の各硬膜下血腫は,9月4日の時点では既に消失していたことが認められる(この点,鑑定人も,鑑定書10頁において,要旨,硬膜下血腫は数日で消失しており,提出された画像からは,原告Aの脳性麻痺が硬膜下出血によるものと断定することはできないとの見解を示している。)。
しかも,証拠〈乙A6の1の133頁〉によると,国立弘前病院の担当医師が,9月30日の時点で,原告B及び同Cに対し,要旨,「こちらに転送されて,原告Aに対し,抗けいれん薬を相当多量に投与した。硬膜下出血がけいれんの原因ではないかとも考えたが,出血が止まったにもかかわらず,けいれんは止まらないし,あまり元気にならなかった。9月4日に頭部MRI検査を実施したところ,視床の領域に高信号域があることが分かった。その原因として,低酸素性虚血性脳症が考えられる。視床とは,大脳,小脳と連絡をとる大事なところであり,口を変に曲げたり,反り返ったりするのは,そのせいである。おそらく脳性麻痺になるだろう。」と,原告Aの症状を説明したことが認められ,この説明に照らしても,原告Aの診療に直接に当たった医師が,原告Aの脳性麻痺の原因は硬膜下出血ではないであろうと考えていたことは,明らかである。また,G医師も,原告Aに認められた硬膜下血腫の部位に照らし,硬膜下血腫のみで視床及び基底核に認められた高信号域を全て説明することはできない旨証言している(もっとも,同医師は,MRI画像上,原告Aの大脳皮質に高信号域は見られず,視床及び基底核に認められた高信号域から大脳の左半球のみに萎縮が認められたことを説明することは難しい旨証言しているが,これは,低酸素性虚血性脳症が脳性麻痺の発症に影響を及ぼしたことを否定する趣旨ではないものと解される。)。
さらに,鑑定人は,多くの硬膜下血腫はCT画像上数日ないし4週間以内に消失し,後遺症を残さない例も報告されているが,他方,出血が小さくても,けいれんなどの症状が起こり,CT画像上判読できない脳障害が生じることがあると言われているから,原告Aは,産道通過時の硬膜下出血により出生後に新生児脳症に陥って,脳性麻痺になった可能性が考えられるとも指摘している〈鑑定書9頁〉が,上記の脳障害が生じた症例において,その後脳性麻痺に至ったか否かは明らかでない上,原告Aについて,硬膜下血腫により上記のような脳障害が生じて,低酸素性虚血性脳症とは無関係に脳性麻痺に至ったことを窺わせるに足りる具体的事情は何ら見当たらない。
そして,以上の検討を総合すれば,出生直後の原告Aに認められた硬膜下出血は,脳性麻痺の原因としては除外して考察するのが相当というべきである。
オ さらに,鑑定書〈5頁以下〉によると,前記の米国産婦人科医会及び米国小児科学会が提唱している診断基準によると,分娩中に脳性麻痺が発生したことを総合的に窺わせる診断基準(ただし,絶対的必要条件ではない。)として,ア分娩直前又は分娩中に急性低酸素状態を示す事象が起こっていること,イ胎児心拍モニター上,特に異常のなかった症例で,通常,前兆となるような低酸素状況に引き続き,突発性で持続性の胎児徐脈又は心拍細変動の消失が頻発する遅発性又は変動性徐脈を伴っている場合,ウ5分以降のアプガースコアが0〜3点,エ複数の臓器機能障害の徴候が出生後72時間以内に観察されること,オ出生後早期の画像診断にて,急性で非限局性の脳の異常を認めることが挙げられている。
しかるところ,前記(1)イ認定のとおり,9月4日に実施された頭部MRI検査の画像により,両側視床及び基底核に低酸素性虚血性脳症によるものと考えられる異常信号強度域が認められたことから,G医師が,改めて8月24日及び同月26日の各CT検査の画像を精査し,その結果,それらのCT画像で基底核及び視床の構造がはっきりと撮影されていないのは,低酸素性虚血性脳症急性期の浮腫が原因である可能性があると考えるに至ったというのであり,加えて,鑑定人も,鑑定書(7頁)において,8月24日に撮影された頭部CT画像につき,側脳室が明瞭に描出されていないことから,脳浮腫のような非限局性の脳の異常があったことも否定できない旨見解を示していることからすると,原告Aに生じた脳性麻痺については,少なくとも上記診断基準のオが認められるということになる。
カ そして,以上の検討を踏まえると,原告Aに生じた脳性麻痺については,出生前の原因により発症した低酸素性虚血性脳症が原因であったものと認めるのが相当というべきである。
なお,証拠〈甲B11,乙A2,6の1,原告B,同C〉及び弁論の全趣旨によると,原告Aは,出生直後から哺乳困難であったこと,現在でも反り返りが強い上,栄養の経口摂取が困難であることが認められるところ,このような症状に加え,前記(1)イからエまでに認定した低酸素性虚血性脳症による異常信号強度域及び脳の萎縮が認められた部位を考慮すると,原告Aに発症した脳性麻痺は,前記前提事実4(9)に照らし,基底核壊死又は脳幹壊死によるものと考えられる。
2 争点2(被告Eの善管注意義務違反又は過失の有無,因果関係)について
(1) 原告らの主張ア(当日午前のモニタリングに関し)について
原告らは,当日午前のモニタリングの際,本件胎児に遅発一過性徐脈を疑うべき所見(午前8時5分から始まった一過性徐脈)が見られたほか,徐脈の基線への戻りも遅かったとして,被告Eは,この段階で,モニタリングを継続実施して注意深く経過を観察し,場合によっては帝王切開の準備をしなければならない注意義務を負っていたと主張する。
しかしながら,証拠〈乙A1(32,33頁),鑑定人〉によると,当日午前のモニタリングの計測結果上,午前7時55分から57分にかけて,午前7時59分から8時1分にかけて,及び,午前8時5分から7分にかけての各時点において徐脈が認められたものの,1回目の徐脈は早発一過性徐脈であり,また,その他の2回の徐脈も,陣痛図上はっきりしていないものの(鑑定人によると,陣痛計のトランスデューサがうまく装着されていなかったことによるものと考えられるとのことである。),子宮収縮と思われるわずかな上昇があり,これを子宮収縮ととらえると,早発一過性徐脈と考えられること,さらに,FHR基線は140台で,基線細変動も減少,消失しておらず,上記モニタリングの時点において,本件胎児の状態は良好であったことが認められる。
したがって,原告らの上記主張は,採用しない。
(2) 原告らの主張イ(本件モニタリングに関し)について
ア 証拠〈乙A1の29〜31頁,鑑定人〉によると,本件モニタリングの計測結果につき,次のとおり認められる。
(ア) 本件胎児には,午後2時21分から22分にかけて,25分から26分にかけて,27分から28分にかけて,41分,44分及び46分から47分にかけての各時点において,一過性徐脈が出現した。それらの徐脈は,子宮収縮曲線が明確に描出されていないものの,心拍数下降から最下点に達するまで30秒以内であることから,変動一過性徐脈であると考えられる。
ただし,基線からの下降幅は約30であった上,持続期間も60秒以内であるので,高度変動一過性徐脈ではなく,中等度変動一過性徐脈と考えられる。
(イ) また FHR基線が160を超えており(なお,午後2時41分以降には,170を超えていたとみる余地もある。),本件胎児は,頻脈(軽度頻脈)を呈していた。
頻脈を呈する場合としては,胎児の低酸素症,母体の発熱,アトロピン等副交感神経遮断剤の投与,絨毛膜羊膜炎,胎児心奇形,子宮収縮抑制剤であるβ−刺激剤の投与などの要因が考えられるところ,本件では母体の発熱は考えづらく,胎児心奇形も認められず,薬剤の投与もない。さらに,母体の発熱,子宮の圧痛,羊水の混濁・異臭が見受けられないことからすると,絨毛膜羊膜炎も否定的と考えられる。
そして,正期産児の場合には 母体が不安 不穏状態などで頻脈を呈すると,胎児も頻脈を呈することがあるが,本件胎児が低酸素状態に陥っていたという可能性も否定できない。
(ウ) ただし,心拍数図上,基線細変動が減少,消失していない上,上記(ア)記載のとおり,変動一過性徐脈の程度が中等度であり,かつ,必ずしも頻発していたとまではいえないことからすると,本件胎児は,本件モニタリングの時点においては,低酸素症・代謝性アシドーシスには陥っていなかったものと考えられる。
イ 上記認定によると,本件胎児は,本件モニタリングの際には,低酸素症・代謝性アシドーシスには陥っていなかったというのであるから,その後直ちに急速遂娩術により本件胎児を娩出させる必要性があったとは認められないが,他方,FHR基線が160を超え,本件胎児が軽度頻脈を呈していたことから,本件胎児が低酸素状態に陥っていたという可能性が否定できないというのであるから,被告Eとしては,原告Cが午後3時に分娩室に入室した後,直ちにモニタリングを再開して本件胎児の状態を注意深く観察し,その結果,本件胎児がその後も頻脈を呈し,かつ,基線細変動が消失しているおそれがあると認めたときは,児頭の下降の程度いかんによって,吸引・鉗子分娩あるいは帝王切開術といった急速遂娩をすべき注意義務を負っていたというべきである(この点に関し,鑑定人は,尋問に代わる回答書(6〜7頁)において,仮に,子宮口全開大後も本件胎児のFHR基線が160〜170又はそれ以上の状態が続いていたならば,本件胎児が低酸素症(急性期)に陥っていた可能性があるとの見解を示している。)。
なお,被告らは,本件モニタリングの際,原告Cの体動が激しかったとし,そのことが本件胎児に影響を与えて頻脈を呈した可能性が高いと主張するが,仮に,本件モニタリングの際の原告Cの体動が激しかったとしても,それが軽度頻脈の唯一の原因であって,本件胎児が低酸素状態に陥っていないと断定することができたというのであれば別論,そうでなかった以上,被告Eの上記注意義務が軽減されるわけでないことはいうまでもないところであり,被告らの上記主張は,被告Eの注意義務の有無を判断する限りにおいては,有意でない。
また,被告らは,本件モニタリングはF助産師が施行したものであるところ,同助産師はその計測結果を被告Eに報告しなかったとも主張するが,原告Cの分娩を管理していたのは担当医である被告Eであって,その点にかんがみれば,F助産師が本件モニタリングの計測結果を被告Eに報告しなかったとしても,それは被告病院における分娩管理にかかわる内部事情にすぎないから,その点が被告Eの注意義務の有無を左右する事情であるということはできない。
ウ しかるところ,前記前提事実3(4)の事実及び弁論の全趣旨によれば,被告Eは,結果的に,原告Cが午後3時に分娩室に入室してから午後5時に原告Aを分娩するまでの間,本件胎児について継続的なモニタリングをしなかったというのであるから,特段の事情がない限り,被告Eには,上記認定の注意義務の違反があったものというべきである。
これに対し,被告らは,上記の特段の事情として,要旨,@原告Cは,分娩室に入室した後も陣痛からくる痛みと不安から体動が激しく,F助産師は,本件胎児に対するモニタリングを試みたものの,トランスデューサが原告Cの腹壁からずれを生じたため,モニタリングを継続することは事実上不可能であった,AF助産師らは,モニタリングの代替手段として ハンドドップラーを使用して本件胎児のFHRを頻回に聴取したところ,午後3時の時点では160と高かったものの,午後4時の時点では140〜150,午後4時30分の時点では140台まで下がったのであり,本件胎児について胎児仮死を疑うような所見はなく,速やかに本件胎児を娩出させなければならないという状況になかった。
B平成15年8月当時,被告病院には内測法によるCTGがなかったため,本件胎児について内測法によるモニタリングを実施することもできなかった,と主張するので,以下,その主張の当否を検討する。
エ まず,上記の@の点に関するF助産師の証言を検討すると,甚だ不自然かつ不合理な点が見受けられる。
(ア) まず,F助産師は,原告Cの体動が,分娩室に入室した後はもとより,その前の陣痛室にいる間にも激しかったため,原告Cを分娩台の上に乗せると転落するおそれがあると考えて,原告Cを床に敷いたマットレスの上に横臥させたと証言する。
しかしながら,もし,そうであれば,F助産師は,担当助産師であった以上,分娩室入室後も不安や不穏状態から激しい体動を示していた原告Cのそばから離れられなかったはずであるのに,F助産師が,証言において,分娩室を20分間程度離れていた旨自認しているのは,甚だ不自然といわなければならない。
なお,この点に関し,F助産師が分娩室を離れていた間も,原告Bが原告Cに付き添っていたということであるが〈証人F,原告B,同C〉,原告Bは十分な知識・経験を有しない単なる分娩立会者にすぎなかったことにかんがみれば,原告Cが周囲の者の制止を要するほどに激しい体動を示した場合に,原告Bが医師,助産師あるいは看護師等の指示を受けずに適切な対処ができたはずはなく,このことにかんがみれば,仮に,分娩台の上に上ると転落のおそれがあるという程度に原告Cの体動が激しかったというのであれば,たとえ原告Bが原告Cに付き添っていたにせよ,F助産師がそのそばを長く離れることができたはずはないというべきである。
(イ) また,F助産師は,原告Cの体動が頻回であったので,一体型のCTGを使用すると,トランスデューサとCTGを接続しているコードが引っ張られて,重いCTGが転倒し,原告Cに危害が及ぶ危険があったので,セパレート型のCTGを使用したとも証言する。
しかしながら,原告Cが,横臥の状態から起きあがって,分娩室内を歩き回ったり,暴れたりするというような極めて切迫した状況であればいざしらず,横臥の状態を続けている限り,仮に頻繁に寝返りを打つなどの体動をしたとしても,トランスデューサとCTGを接続しているコードが引っ張られて,重いCTGが転倒するなどとは,たやすく考えられない(F助産師自身,原告Cの体動が陣痛室にいる間から激しかったとしつつ,その際の本件モニタリングは一体型のCTGを使用して行ったと証言していることは,この点を裏付けるものである。)。
また,そのような危険を感じさせるほどに原告Cの体動が激しかったというのであれば,原告Cの腹壁に装着したトランスデューサを,セパレート型のCTGの計測装置にコードで接続することすら,危険であったはずである(むしろ,セパレート型のCTGの計測装置が一体型のCTG本体よりも軽いのであれば,コードが引っ張られた際に倒れやすいはずである。)。
それなのに,F助産師の証言によれば,トランスデューサは,分娩直前までの間,原告Cの腹部に装着されたままであって,F助産師が分娩室を離れていた間も取り外されていなかったというのであるから,F助産師の証言の不自然性・不合理性は明らかというべきである(なお,この点に関して付言すると,F助産師は,継続的なモニタリングは,心音がトランスデューサでキャッチできる状態になればいつでも始めようと思っていたと証言しているところ,この証言に照らすと,原告Cの腹壁に装着されていたトランスデューサは,分娩直前までずっとCTGの計測装置に接続されたままであったものと考えられる。なぜなら,そうでなければ,F助産師の上記証言は甚だ了解困難なものとなるからである。)。
オ むしろ,以上の各点のほか,原告らが分娩室入室後の原告Cの体動が激しかったとの点を強く否認していることや,原告Cが,F助産師と手をつなぎながら,陣痛室から分娩室まで歩いていった後,いきなり床の上に敷いたマットレスの上に横臥するよう指示された際,不思議に思い,F助産師に対し,「分娩台に上がれます。」と言ったこと(原告C,本人調書10〜11頁)を考え併せると,仮に,陣痛室にいた間の原告Cにある程度の体動が見られたとしても,F助産師及び原告Bが二人で終始原告Cに付き添い,必要な場合には相応な制止をすることができる状況が確保されていたならば,原告Cが分娩台の上から転落するという事態が発生するおそれがあったとはにわかに考え難いというべきであって,それにもかかわらず,F助産師が,分娩室入室直後,原告Cに対し,床の上に敷いたマットレスの上に横臥するよう指示し,原告Cが分娩台の上に上がれると申し出たのに,それに取り合わなかったのは,F助産師が,原告Cを分娩室に入室させた当初から,当面の間,原告Cに付き添うつもりがなかったからであると推認せざるを得ない。なお,この点に関連し,F助産師が,本件モニタリングを実施した際も,20分間程度,陣痛室を離れて他の患者の処置をしていた旨証言していることも看過することができない。
そして,上記推認を前提とすれば,F助産師が,分娩立会いのために分娩室に入室した原告Bに対し,予防衣を着用するよう指示しなかったのも,他の患者の処置をしに行こうと気が急く余り,原告Bに対して上記指示をすることを失念し,しかも,原告Bが分娩室に入室した直後に分娩室を離れてしまったため,その後も原告Bにその旨の指示をし損なったからであると推認される(なお,F助産師は,昭和58年から被告病院において助産師として在職しているというベテランの助産師であって〈証人F〉,このことにかんがみれば,よほどの事情がない限り,分娩室に入室する分娩立会者に予防衣を着用させるという,助産師にとって極めて基本的な事項を失念するとはたやすく考えられない。)。
カ かえって,上記オの推認に加え,証拠〈甲B10,11,乙A1(特に,20,22頁。信用しない部分を除く。),B4(信用しない部分を除く。),B5,証人F(信用しない部分を除く。),原告B,同C,被告E(信用しない部分を除く。)〉を総合すると,本件モニタリングの施行から分娩に至るまでの経過については,次のとおり認めるのが相当である。
(ア) 原告Cが原告Aを分娩した8月24日は日曜日であったことから,被告病院産婦人科病棟には,平日あるいは土曜日と異なり,担当医である被告Eが待機していたほかは,助産師3名と看護師1名が勤務するにとどまっていた。そして,その当日,被告病院産婦人科病棟には,分娩進行者が原告Cを含めて2名いたところ,原告Cの担当助産師は,同日朝の段階ではI助産師であったが,上記2名の分娩が重なったため,本件モニタリングを開始した時から,急遽,F助産師が原告Cを担当することになった。ところが,その際,F助産師は,原告Cの分娩介助のほか,他の患者の処置にも当たっていたことから,本件モニタリングを施行している間に20分間程度,その処置をしに行くために陣痛室を離れた。〈証人F,被告E〉
(イ) F助産師は,本件モニタリングの終了後,原告Cを内診して子宮口全開大を認めたため,午後3時,原告Cに対して陣痛室から分娩室へ移動するよう指示し,原告Cは,F助産師とともに歩いて分娩室に移動した。
F助産師は,分娩室入室後,マットレスを床に敷き,原告Cに対し,その上に横臥するよう指示した。原告Cは,分娩は分娩台の上でするものだと考えていたので,その指示に驚き,不思議に思って,「分娩台に上がれます。」と申し出たが,F助産師が,それに取り合わず,再度マットレスの上に寝るよう指示したことから,原告Cは,こうい
う出産の仕方もあるんだな,助産師の指示なのだから大丈夫なんだなと思い,その理由を尋ねることなく,F助産師の指示に従って,上記のマットレスの上に横臥(側臥)した。〈甲B11,乙B4(信用しない部分を除く。),証人F(信用しない部分を除く。),原告C〉
(ウ) その後,F助産師は,分娩室内に置かれているCTGのトランスデューサを原告Cの腹壁の外に装着したが,本件胎児に対するモニタリングを開始しなかった。そして,分娩室を出て原告Bを探しに行き,約5分後に原告Bを連れて再び分娩室に入室したが,その際,F助産師は,できるだけ早く他の患者の処置をしに行こうと考えて気が急く余り原告Bに対して予防衣を着用するよう指示することを失念し,そのため,原告Bは普段着のままで分娩室に入室することになった。
そして,F助産師は,原告Bに対し,側臥位の原告Cの臀部のそばの床に座るよう指示し,原告Cが力んだ時に胎児を奥に押し戻すような感じで臀部を押さえるように,と指示し,自らそのやり方をやって見せた。そして,原告Bがそのやり方を飲み込むや,F助産師が他の患者の処置をしに行くために分娩室を離れてしまったことから,原告Bと原告Cは,分娩室に二人きりで取り残されることとなった。なお,F助産師は,原告Bに対し,手袋を着用することすら指示しなかった。
原告Bは,なぜ,まさに生まれ出ようとしている子供をわざわざおなかの中に戻すようなことをするのか,自分がしていることの意味を理解できないまま,F助産師に指示されたとおり,原告Cが力むたびに,その臀部を押し続けた。
そして,F助産師は,二,三十分ほどした後,分娩室に来て,原告C及び同Bに対して声を掛けたが,すぐにまた分娩室を離れた。〈甲B10,11,乙B4(信用しない部分を除く。),証人F(信用しない部分を除く。),原告B,同C〉
(エ) F助産師は,午後4時ころ,ようやく他の患者の処置を終えて分娩室に戻り,マットレスの上に側臥位で横臥していた原告Cに対し,仰臥位になるよう指示して内診をしたところ,即座に本件胎児の児頭が排臨の状態にあることを認め,直ちに分娩介助の準備を始めた。そして,原告Bに対し,今後は,原告Cの頭の側に座って分娩を援助するよう指示した。その後,I助産師や看護師も分娩室に入室して原告Cの分娩介助に関与するようになった。
ところで,F助産師は,分娩室入室直後,原告Cの腹壁に装着しておいたトランスデューサを使用して本件胎児に対するモニタリングを開始しようと考えて,CTGのスイッチを入れ,トランスデューサの位置を変えたものの,その装着状態が適切でなかったため,本件胎児の心音をとらえることができなかったが,トランスデューサを装着し直そうと試みることなく,本件胎児に対するモニタリングを実施しないままの状態で,分娩を進行させた。
(オ) 被告Eは,午後4時30分ころに分娩室に入室したが,その際,CTGから本件胎児の心音が発せられておらず,モニタリングが行われていないことを認識したが,分娩の進行がまもなく児頭の発露を迎えるという状況であったことから,F助産師らに対し,あえてその理由を問い質すことをせず,また,直ちにモニタリングを開始するように指示することもしなかった。
(カ) 午後5時近くになってJ助産師も分娩室に入室し,その後間もなく,原告Cは原告Aを分娩した。〈甲B10,11,乙A1,B4(信用しない部分を除く。),B5,証人F(信用しない部分を除く。),原告B,同C,被告E(信用しない部分を除く。)〉以上のとおりである。
キ 上記認定に対し,F助産師は,いくつかの点において上記認定と異なる内容の証言をしているので,そのうち特に重要と考えられる6点につき,その証言の信用性について検討する。
(ア) 第1に,F助産師は,原告Bに予防衣を着用させなかったのは,とにかく原告Cの側に早めに行ってもらいたかったからであると証言するが,前記エ判示のとおり,F助産師がその後分娩室を離れたことに照らすと,その当時,原告Cがそれほど切迫した状況にあったかは疑問であり,この点については,前記オ認定のとおり,F助産師は,他の患者の処置をしに行くことに気が急く余り,原告Bに対して上記指示を失念したものと推認するのが相当である。
(イ) 第2に,F助産師は,分娩室を離れていた時間は20分間ほどであったと証言するが,信用しない。
なぜなら,F助産師が,原告Cが分娩室に入室した午後3時から本件胎児の排臨が確認された午後4時までの間,約40分間(=60分−20分)もの相当な長時間にわたって分娩室の中にとどまっていたのであれば,いまだ普段着のまま分娩援助を続けている原告Bに対し,速やかに予防衣及び手袋を着用するよう指示したはずだからであり,実際にはそうでなかった以上,F助産師は,午後3時から午後4時までの間,ほとんど分娩室にとどまっていなかったものと推認するのが相当である。
(ウ) 第3に,F助産師は,原告Bに対して臀部を押すように指示したのは,直腸の圧迫による怒責を軽減することを目的としたものであると証言するが,信用しない。
なぜなら,原告B及び同Cが,F助産師は上記認定のような指示をした旨明確に供述しているばかりでなく,これまでにもいくつか指摘したように,F助産師は本件訴訟において極めて不自然・不合理な証言を繰り返しているのであって,このことにかんがみると,上記証言もたやすく信用できないというほかないからである。
むしろ,分娩当日が日曜日であって,被告病院産婦人科病棟において勤務していた助産師及び看護師の数が少なかったこと,そもそも,原告Cの担当助産師は,朝の段階ではI助産師であったにもかかわらず,他の分娩が重なったため,急遽,本件モニタリングを開始した時からF助産師が原告Cを担当することになったという経緯,F助産師が,原告Bに対して予防衣や手袋を装着するよう指示することを失念するほど,他の患者の処置をしに行くことに気が急いていたこと,F助産師が午後3時から午後4時までの間ほとんど分娩室にとどまっていなかったことなど,諸般の事情を考慮すれば,F助産師が,他の患者の処置に手を取られていたことから,原告Cの分娩介助を先延ばしにしよう(換言すれば,本件胎児の分娩をできるだけ遅らせよう)と考えて,上記認定のような指示をしたということは,十分にあり得ることというべきである。
(エ) 第4に,F助産師は,午後3時に分娩室に入室後,直ちに原告Cにトランスデューサを装着し,心拍数の計測を試みたが,原告Cの体動によって,トランスデューサと腹壁にずれが生じて正確な心音をとることができなかったと証言するが,信用しない。
その理由は,前記エ及びオにおいて検討したように,原告Cの体動が激しかったということ自体がにわかに信用できないということに加え,パルトグラム(乙A1の22頁)のCTG欄をみると,午後4時から午後5時にかけての部分に斜線が引かれ,そのすぐ下に「体動著明にてFHR記録不可」という記載があることが認められ,このような記載にかんがみれば,原告Cの体動が著明であったか否かの点はともかく,F助産師が,分娩室入室後,本件胎児についてモニタリングを開始しようとしたのは午後4時(すなわち,F助産師が他の患者の処置を終え,分娩室に戻って原告Cの分娩介助に取りかかろうとした時点)であったと推認されるからである。
しかも,前記(イ)認定のとおり,F助産師が午後3時から午後4時までの間ほとんど分娩室にとどまっていなかったことにかんがみれば,F助産師が,他の患者の処置を終えるまでは原告Cや本件胎児の状態を同時的に観察することができないから,その間はモニタリングをするまでもないと考えたと推認しても,特に不自然・不合理ではないとも考えられるからである。
(オ) 第5に,F助産師は,午後4時以降はハンドドップラーを使用して本件胎児のFHRを30回以上測定したと証言するが,信用しない。
その理由は,次のとおりである。すなわち,上記パルトグラム上の「体動著明にてFHR記録不可」という記載の下には「FHRのみ頻回にチェック FHR良」との記載(なお,F助産師の証言によると,上記の記載をしたのは同助産師であったとのことである。)があるものの,パルトグラムには,午後4時におけるFHRが約150,午後4時30分におけるFHRが約140と記録されているほか,その具体的な測定結果が何ら記載されていない。また,原告B及び同Cは,分娩室にいる間にハンドドップラーが使用されたことは全くない,そもそも分娩室においてハンドドップラーを見た覚えはない旨,明確かつ断定的に証言している。さらに,そもそもハンドドップラーによって本件胎児のFHRが聴取できたのであれば,CTGのトランスデューサをその聴取可能部位に装着し直せば,それで足りたはずであり,また,その方が,連続的に計測ができるという意味でも,FHR基線の高低や一過性徐脈の有無を確認できるという意味でも,さらには,FHRの計測のたびにハンドドップラーを心音聴取可能部位にあてがわなければならないという手間を省くという意味でも,よほど望ましかったはずなのに,F助産師が午後4時ころにモニタリングに失敗した後,CTGのトランスデューサを装着し直そうとした形跡も,証拠上窺われない(なお,この点,F助産師は,ハンドドップラーを使用したのは,トランスデューサが胎児の下降によって腹壁にうまく密着しないことがあったことに加え,ハンドドップラーの方が感度がよいからであると証言するが,たやすく首肯できない。)。
したがって,上記の「FHRのみ頻回にチェック FHR良」という記載,ひいては,パルトグラムにある午後4時におけるFHRが約150,午後4時30分におけるFHRが約140という記録は,信用できないというべきである。
なお,この点に関して付言すると,パルトグラムには,午後3時におけるFHRが160であった旨の記録があるが,F助産師の証言によれば,午後3時の時点でモニタリングを試みたが,計測できなかったというのであり,かつ,ハンドドップラーを使い始めたのは午後4時以降であったというのであるから,上記の午後3時におけるFHRの記載ができたはずはなく,したがって,午後3時におけるFHRが160であった旨の記録も信用しない。
(カ) 最後に,F助産師は,分娩室入室後にCTGによるモニタリングができなかった理由につき,原告Cの体動が激しかった上,原告Cが側臥位になっていたことや,本件胎児が下降してきたことから,トランスデューサと腹壁のずれが生じやすくなったからであると証言するが,陣痛室において原告Cにある程度の体動が見られたというのに,本件モニタリングが可能であったこと,被告Eが,午後4時30分以降に原告Cが暴れたことはなく,CTGによるモニタリングは可能であったかもしれないと供述していることや,これまで検討したところを踏まえると,この点も,たやすく信用することができない。
かえって,証拠〈乙A1の29〜31頁〉によると,F助産師が実施した本件モニタリングの際の計測記録においても,心拍数図及び子宮収縮曲線が明確に描出されなかった部分があること(すなわち,トランスデューサの装着が適切でなかったこと)が認められるのであって,このことにかんがみれば,分娩室入室後にCTGによるモニタリングができなかった理由は,むしろ,F助産師の手技に問題があったからであると評せざるを得ないというべきである(この点,証拠〈甲B3〉によると,トランスデューサを適切に装着することは,専門家である産婦人科医や助産師にとっても必ずしもたやすいことではなく,相当に高度な手技であることが窺われる。)。
ク そして,上記エからキまでの検討を踏まえると,前記ウ記載の特段の事情に関する被告らの主張は,いずれも失当であるというべきである。
すなわち,被告Eの管理の下で原告Cの分娩介助を担当していたF助産師は,分娩室に入室した原告Cにトランスデューサを装着したものの,直ちにモニタリングを開始しようとしなかったばかりか,午後4時までの間,分娩室で原告Cに付き添っていることがほとんどなく,原告Cの様子を観察することすら怠ったのであり,しかも,午後4時になってモニタリングを開始した際,トランスデューサが適切に装着されていなかっために本件胎児の心音をとらえることができなかったのに,それを装着し直そうとせず,本件胎児に対するモニタリングをしないままの状態で,分娩を進行させたものである。したがって,原告Cの体動が激しかったために本件胎児に対するモニタリングが実施できなかったという被告らの主張は,到底採用できるものではない。
そして,F助産師らがハンドドップラーを使用して本件胎児のFHRを頻回に聴取したとの主張が採用できないことは,前記キ(オ)認定のとおりである。
また,被告らは,被告病院には,平成15年8月当時,内測法によるCTGがなかったと主張するが,上記経緯に照らせば,そもそも内測法によらなければモニタリングを実施できなかったという状況が認められないのであるから,この点の主張は,そもそもその前提を欠くというべきである。
したがって,被告Eには,本件モニタリングにより,本件胎児のFHR基線が160を超え,本件胎児が軽度頻脈を呈していることが判明したのであるから,本件胎児が低酸素状態に陥っていたという可能性を考慮し,原告Cが分娩室に入室した午後3時以降,直ちにモニタリングを再開して本件胎児の状態を注意深く観察し,その結果,本件胎児がその後も頻脈を呈し,かつ,基線細変動も減少,消失しているおそれがあると認めたときは,急速遂娩をすべき注意義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,原告Cが午後3時に分娩室に入室してから午後5時に原告Aを分娩するまでの間,本件胎児に対する継続的なモニタリングをしなかったという過失があったものと認められる。
(3) 原告らの主張ウ(出生後の原告Aに対する処置に関し)について
ア 前記前提事実3(5)の事実に加え,証拠〈甲B10,11,乙A1,2,6の1(特に,5頁),B4(信用しない部分を除く。) 。),証人F(信用しない部分を除く。),原告B,同C,被告E〉及び弁論の全趣旨によると,出生後の原告Aの状態及びそれに対する被告Eの処置に関し,次の各事実が認められる。
(ア) 原告Aは,午後5時に出生した直後,自発呼吸が見られず,皮膚の色も蒼白であった。そのため,被告Eは,直ちに原告Aを分娩室内のインファントウォーマーに運び,酸素投与,四肢の刺激,胸の刺激,吸引その他の蘇生措置をした。
(イ) 蘇生措置を開始してから数分後 原告Aに自発呼吸が見られるようになり,体色も改善したが,鼻翼呼吸や呻吟があり,呼吸(啼泣)は弱く,四肢のチアノーゼも残っていた。心拍数は,被告E自身が聴診したところ,1分間当たり158回前後であった。なお,被告Eは,臍帯血の血液ガス分析を施行しなかった。
(ウ) 原告Aは,その後も引き続き助産師により酸素投与その他の処置を受けたものの,啼泣が弱かったため,被告Eは,午後5時40分,原告Aを未熟児室内の保育器に収容し,10〜15分間の間隔で原告Aの様子を観察した。
(エ) しかるところ,保育器収容前後のころから,原告Aの上肢,下顎にけいれん様の動きが見られるようになったことから,被告Eは,午後6時30分ころ,被告病院小児科のK医師に電話連絡をとり,原告Aの状態を説明した上,診察方を依頼した。その後,被告Eは,原告Aにつき,K医師から指示された各種検査を施行した。
(オ) K医師は,午後7時20分,被告病院に駆け付け,原告Aを診察して,直ちに原告Aがけいれん重積状態にあるものと診断し,直ちに国立弘前病院のNICUへ救急車で転送すべく,所要の手配をした。
(カ) 国立弘前病院へ搬入された時点で,原告Aは,顔の色は青くなく,皮膚にもチアノーゼは見られなかった。また,呼吸は頻回であったが,心拍は規則的であった。
以上のとおりである。
なお,F助産師は,出生直後に原告Aが泣き声(第1啼泣)を挙げたのを聞いたとか,原告Aが,蘇生措置後,分娩室内のインファントウォーマー上でときどき大きく泣くこともあったなどと証言するが,その証言と符合する他の証拠(被告Eの供述を含む。)は見当たらず,信用しない。
イ そして,上記認定によると,被告Eは,出生直後の原告Aに自発呼吸が見られず,体色も蒼白であったことから,直ちに所要の蘇生処置を行い,その結果,原告Aは,数分後に自発呼吸をするようになり,体色も改善したというのであり,また,原告Aに鼻翼呼吸や呻吟が見られ(なお,この点は,原告Aが,前記1(2)イ記載のとおり,肺炎に罹患していたことによるものとみる余地がある。),四肢のチアノーゼも残っていた上,引き続き酸素投与等を受けても呼吸が弱かったことから,原告Aを未熟児室内の保育器に収容し,さらに,その後も10〜15分間の間隔でその様子を観察した結果,原告Aの上肢,下顎にけいれん様の動きを認めたため,午後6時30分ころ,K医師に電話連絡をして診察方を依頼し,その後,同医師が被告病院に駆け付けてくるまでの間,同医師から指示された各種検査を施行したというのである。そして,原告Aは,国立弘前病院へ搬入された時点で,顔や皮膚の色は必ずしも悪くなく,呼吸は頻回であったものの,規則的な心拍を示す状態であったというのであって,これらの事情を総合考慮すれば,出生後の原告Aに対する被告Eの処置は,概ね適切であったというべきである。
なお,後記ウ記載のとおり,原告Aの出生後のアプガースコアは7点未満であったと推認されること,及び,その後に原告Aが低酸素性虚血性脳症に陥ったことにかんがみると,被告Eが臍帯血の血液ガス分析を施行しなかった点は,必ずしも適切ではなかったというべきであるが(この点,鑑定人は,尋問に代わる回答書(12頁)において,分娩中のモニタリングの計測結果に異常が認められ,出生後のアプガースコアが7点未満の場合,臍帯血を採取し,血液ガス分析を施行することが多いとの見解を示している。),そのことが,国立弘前病院における原告Aに対する診療に当たり,特段の支障となったものと認めるに足りる証拠は見当たらない。
したがって,出生後の原告Aに対する処置に関し,被告Eに過失があった旨の原告らの主張は,採用しない。
ウ なお,便宜上,ここで原告Aの出生後のアプガースコアの点について検討する。
(ア) 証拠〈乙A1,2〉によると,原告Cに係る助産記録には,原告Aの1分後及び5分後のアプガースコアがいずれも合計7点(心拍数2点〈心拍数が100以上〉,呼吸2点〈良好〉,筋緊張1点〈四肢やや屈曲〉,刺激反応1点〈顔をしかめる〉,皮膚色1点〈末梢チアノーゼ〉)との記載があり,その点数が,被告病院において作成された原告C及び同Aのカルテの各所に引用されていることが認められる。
なお,F助産師の証言によれば,原告Aの出生1分後のアプガースコアを記録したのも,同助産師であったとのことである。
(イ) しかしながら,前記ア(ア)の認定によれば,原告Aは,出生直後,自発呼吸が見られず,皮膚の色も蒼白であったというのであり,また,分娩に立ち会った原告Bが,要旨,出生直後に誰かが原告Aを抱いていった時,原告Aの手足がだらっとしていたのを覚えている旨供述したこと(本人調書40〜41頁)を考え併せると,出生直後の原告Aのアプガースコアは,呼吸,筋緊張及び皮膚色の点数がいずれも0点(呼吸はなし,筋緊張はぐったり,皮膚色は蒼白)であったものと認められる。
そして,出生1分後のアプガースコアというのは,要するに出生直後のアプガースコアという意味で理解するのが一般的であると考えられることにかんがみると,心拍数及び刺激反応の各点数を考慮しても,原告Aの出生1分後のアプガースコアは合計3点以下(重症仮死)であったものと推認するのが相当である。
(ウ) さらに,前記アの認定によれば,原告Aは,自発呼吸を始めるようになった後も,呼吸(啼泣)は弱く,四肢のチアノーゼも残っていたというのであるから,呼吸及び皮膚色はいずれも1点(呼吸については弱く不規則)にすぎなかったというべきである。そして,心拍数は1分間当たり158回前後であったというのであるから,心拍数の点数は2点であったと認められるものの,助産記録におけるアプガースコアの記載によっても,筋緊張及び刺激反応の各点数はいずれも1点(もっとも,実際には0点であったという可能性は たやすく否定できないというべきである。)であったというのであるから,出生5分後には既に原告Aが自発呼吸を始めていたと仮定しても,その時点におけるアプガースコアは合計6点(軽症仮死)であったはずである。
(エ) したがって,前記(ア)記載の助産記録その他被告病院において作成されたカルテ等に記載された原告Aのアプガースコアは,信用性が極めて乏しいというべきである。
(4) 原告らの主張エ(因果関係)について
ア これまでの検討を要するに,本件胎児(すなわち原告A)は,出生前には,当日午前のモニタリングの段階での状態は良好であり,また,本件モニタリングの段階でも,軽度頻脈を呈し,低酸素状態に至っていた可能性が否定できないとはいえ,基線細変動は減少,消失しておらず,また,変動一過性徐脈の程度が中等度で,必ずしも頻発しておらず,低酸素症・代謝性アシドーシスには陥っていなかったというのに,出生後には,低酸素性虚血性脳症に陥って脳性麻痺に至ったというのである。
以上の経過にかんがみれば,原告Cが分娩室に入室した午後3時から分娩に至った午後5時までの間に,本件胎児が低酸素症・代謝性アシドーシスに陥ったことは明らかである。したがって,被告Eは,午後3時以降直ちに本件胎児に対するモニタリングを再開して本件胎児の状態を注意深く観察していたならば,その間に本件胎児の状態が悪化していることを認識することができたものと推認される。
イ そして,原告Aが低酸素症・代謝性アシドーシスに陥った原因については,午後3時から午後5時までの間においてCTGによるモニタリングが施行されなかったことも相まって,いくつかの想定が可能であるとしても,特定は甚だ困難であるといわざるを得ないが,その原因がいずれであったにせよ,前記前提事実3(4)の事実,証拠〈乙A1,2,被告E,鑑定人(鑑定書6頁)〉及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは40週6日で出生した体重3488gの成熟児で,分娩時間も20時間4分にとどまっており,分娩前の母体及び胎児のリスク因子は全く認められず,さらには,分娩直前又は分娩中に子宮破裂,常位胎盤早期はく離,臍帯脱出,母体心肺停止,大量出血を伴う前置血管又は胎児母体間輸血など急性低酸素状態を来すような事象も起こらなかったことに加え,本件モニタリングの計測結果によれば,本件胎児の中枢に障害が生じるまでには至っていなかったものの,午後3時前から本件胎児が低酸素状態に陥っていたという可能性が否定できず,その後,その状態が更に悪化するおそれがあったこと,及び,原告Cの子宮口全開大から分娩までに約2時間を要したことに照らすと,原告Aの脳性麻痺の原因となった低酸素状態が相当な長時間にわたって継続した可能性が高いというべきであるから,被告Eが,モニタリングにより本件胎児の状態が悪化していることを認識した時点で,速やかに吸引・鉗子分娩あるいは帝王切開術等の急速遂娩術を施行して,本件胎児を早急に娩出させていたならば,原告Aが脳性麻痺を発症しなかったという高度の蓋然性があったものと推認するのが相当である。
3 争点3(寄与度減額あるいは過失相殺の当否)について
被告らは,午後3時以降に本件胎児についてモニタリングを実施できなかったのは,原告Cの体動が激しかったからであるとして,その点を考慮した寄与度減額あるいは過失相殺がなされるべきであると主張するが,前記2(2)カ及びキ(カ)において認定したとおり,午後3時以降に本件胎児に対するモニタリングが実施されなかったのは,そもそも,F助産師が午後4時までモニタリングをしようとしなかったことが根本的な原因であり,また,午後4時以降にモニタリングができなかったのも,同助産師に手技上の問題があったと評すべきであるから,被告らの上記主張は,採用しない。
4 争点4(原告らが被った損害額)について
(1) 原告Aが被った損害について
ア 逸失利益 4135万4176円
(ア) 前記前提事実3(6)の事実及び証拠〈甲B11,原告B,同C〉によると,原告Aは,平成16年1月,青森県により,低酸素性虚血性脳症による両上下肢機能の著しい障害(上肢2級,下肢2級)のため,身体障害者等級1級該当との認定を受けたこと,原告Aは,現在も反り返りが強いため,ベビーカーに乗ることができず,車のチャイルドシートも使用できないこと,栄養補給は,経口摂取が困難であるため,チューブを使用していること,いまだ首が据わっておらず,手足は動かすものの,寝たきりの状態が続いていること,そのため,現在も,週1回のリハビリテーションのほか,脳波検査(てんかん発作の履歴がある。)等を受けるためにも通院して治療を受けていることが認められ,これらの事情を考慮すれば,原告Aが将来において軽作業を含めた何らかの労務に就くことができるとは,たやすく考え難い。
したがって,原告Aは,脳性麻痺により,その労働能力の全てを喪失したものと認めるのが相当である。
(イ) そこで,基礎収入として,賃金センサス平成15年男性全労働者の平均年収547万8100円を採用し,原告Aの就労可能年数を18歳から67歳までの49年間とみて,ライプニッツ方式により年5分の割合で中間利息を控除して計算すると(ライプニッツ係数は,67年係数19.2390−18年係数11.6895=7.549),原告Aの逸失利益の金額は,上記金額(=547万8100円×7.549)と算出される。
イ 介護費用 4282万5450円
(ア) 上記ア(ア)認定の各事情に照らすと,原告Aについては,将来にわたり,その生命維持に必要な身の回りの処理の動作について,常にあるいは随時,他人の介護を要する蓋然性があるものと認めるのが相当である。
(イ) そこで,介護費用の日額として6000円(年額219万円)を採用し,また,平成15年簡易生命表に基づき,その要介護期間を同年男子0歳の平均余命に相当する78年とみて,ライプニッツ方式により年5分の割合で中間利息を控除して計算すると(ライプニッツ係数19.555),原告Aに係る将来の介護費用は,上記金額(=219万円×19.555)と算出される。
ウ 慰謝料 2500万円
原告Aが今後のリハビリテーションにより一定の回復を遂げる可能性が現時点で否定できないとはいえ,上記ア(ア)認定の原告Aの現在の状態その他諸般の事情を考慮すると,後遺障害慰謝料としては,上記金額が相当である。
エ 弁護士費用 1000万円
本件訴訟の審理経過,認容額その他諸般の事情を考慮すると,相当な弁護士費用は,上記金額を下らないものと認められる。
オ 合計 1億1917万9626円
(2) 原告B及び同Cが被った損害について
ア 固有の慰謝料 各250万円
(ア) 前記(1)ア(ア)認定の各事情に照らすと,原告B及び同Cは,原告Aの両親として,今後,相当の長期間にわたり,原告Aの介護に当たらなければならないことが明らかであって,加えて,原告Aが原告B及び同Cの第1子であることを考慮すると,原告Bと同Cが被った精神的苦痛は極めて強いものと推察される。
(イ) したがって,本件においては,原告B及び同Cについて,固有の慰謝料として,各250万円の損害の発生を認めるのが相当である。
イ 弁護士費用 各25万円
本件訴訟の審理経過,認容額その他諸般の事情を考慮し,上記金額をもって,原告B及び同Cが被った弁護士費用の損害と認める。
ウ 合計 各275万円
5 まとめ
以上に検討したところによれば,原告Aの請求は,被告らに対し,不法行為に基づく損害賠償として,各自1億1917万9626円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成16年2月19日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,また,原告B及び同Cの各請求は,不法行為に基づく損害賠償として,被告らに対し,各自,各275万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成16年2月19日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

         青森地方裁判所弘前支部
                   裁判長裁判官 加藤 亮
                     裁判官 佐藤 英彦
                     裁判官 増田 純平

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